始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

自分を大切にすること。

自分を大切にすること。

 

 

「自分を大切にする」と聞いてまず何が思い浮かぶでしょうか??

 

好きなものを食べること

無理せずゆっくり休むこと

好きなことを楽しむこと

などなど

 

人に何を言われても、自分が「こうしたい」と思ったことをする。。というイメージでしょうか。

 

私はずっと取り組んできたけど、いまいちこの「自分を大切にする」がよくわかってなかったと思います。

 

同じように「どんな自分も認める」がありますね。

ただ私は、ノートに思いのまま書いていても、なんだか全然楽にならないし、

「認めてあげる」って言っても一体なにをどうすれば???

自分の本音を次々と書き出して、そっかーそうなんだねって思っても、・・・だから何だろう???

という感じでした。

 

それでもごくたまには「この感覚は!!!」というのがあり、そのときは恍惚感があるのですが、一瞬の光のようにあっという間に消えてしまっていました。

 

それからは、その「一瞬の恍惚感」が唯一の正解で、それを得なければならない、という縛りを自分でかけてしまっていたのかもしれません。

 

 

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たぶん私には方法がちょっと合ってなかったんだと思います。

やっていて苦しいというのはその人にとってのベストじゃないのかもしれません。

もちろん、その苦しいながらもやってみるという経験を経てこそ自分に合ったものが選べるようになるのだと思いますが。

 

 

今、私が自分なりにトライしているのは、

「何があっても自分を責めない」という試みです。

 

昨日の「どんな自分であっても許す」と同じですけどね。

 

一日中ノートに向き合ってるわけにいかないので、「意識して過ごす」しかないのですが、

自分の中で何かの出来事に「反応」したとき、

感情が動いたとき、

頭の中で「これは・・・ということだろうか、でも、、」といったお喋りが始まるとき。

 

その「反応」を注意深く観察してみます。

自分が今、どういった状態にあるのか?第三者目線で眺めるイメージで見つめます。

 

そうすると、

いかに自分が「自分を裁いて責めていたか」がわかってきました。

 

友人が仕事でミスして落ち込んでいたら親身になって慰めますよね。

でも自分が仕事でミスしたら「あーあ、何やってるんだ?バカだなあ!」って責めるんです。

そんなこと、友人には絶対言わないですよね。。

でも自分には平気で何度もなんどもしつこくこういうセリフをぶつけている。

 

私はこういう「自分に対して厳しいこと」が美徳だと思っていたんです。

謙虚であるべきだと。

でも自分に対してこんなことをずっとやっていたら、どんどん自分のことが嫌いになってしまいました。

背負わなくてもいいことをたくさん背負ってしまった。

 

今は「何があっても自分を責めない」で過ごしています。

いいよ、いいよ、って許します。

ただ「自分だけは自分を責めないで味方でいること」。

 

この方法はスッと入ってくるので、また続けていこうと思います。