始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

「この出来事が私に教えてくれることはなんだろう?」と疑う前に。

今日は寒い!ですね。

 

午後から雨でしたが、帰る頃には小雨になっていて、

 

お気に入りの傘をさして帰宅。

たまには雨もいいな〜なんて思いながら歩いていました。

 

が、

今日はそんな雨が原因で、ちょっとショックな事件があり。。。

 

え!(なんでこのタイミングで?)

 

と衝撃を受けて、オロオロしていました。

 

今もまだ渦中というか、完全に解決してないので、

明日になってさらに悪化していたらどうしよう・・・

とか、嫌な妄想が広がってしまって。

 

ノートに書き出して気持ちを落ち着かせようと、色々書いてたんですが。

 

たくさん書いたんですよね。

 

これこれこうなってしまったらどうしよう、とか

でもそれって妄想だよね、今わたしが心配してもしょうがなくない?とか

なんで怖いんだろう?

こういうことを私は恐れているのかな、

あーわたしはこんなに不安なんだなあ、とか

 

どうしてこのタイミングなんだろう?

私が何か思い込んでることとかあるのかも、とか

何かこっちは違うよってサインなのかな、

私がよくない方向へいこうとしてるのかな?とか

 

よく私はこういう問いかけをするんですけど。

 

この出来事は私に何を教えてくれてるのか」って。

 

 

私はこれ、けっこう重要なことだと思ってたんです。

何においてもそうやって丁寧に疑うことは大事だと思って。

 

でも、それをやっていて思ったんですけど

 

なんか自分のことばっかりですよね。

 

 

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

この記事でも書きましたが。

 

今日の「事件」というのが、私以外の人にも関係することなのですけど、

 

その人も巻き込まれて大変だっただろうな、

辛い思いをしていないだろうか、

私にできることがあるなら力になりたい、

 

そうやって人を思いやるより先に、

 

私が!

私が!!

私が!!!

ばっかり。

 

私の進み方がよくないからこういうことが起こったのか?だとか

私のこれまでの頑張りが無駄だったのなら悲しい、だとか

こんなことになって私はこんなに不安で辛い!だとか

 

アンタどんだけ自分可愛いんだよ?

 

って感じですよね。。。

 

私がいい感じに進めてるかどうか、しか関心がない。

 

ああ、またやってる。

こんなところでも。がっくりしました;

 

もちろん、「この出来事は私に〜」って自分を省みるきっかけにするのはいいことだと思います。

 

でも「自分に集中すること」は「大事な人をないがしろにすること」ではないし、

いくら学びを得て感謝!!とか口先で言っていても、

こういうちょっとしたところでボロがでるんだなと思ったんですよ。

 

だって本当はぜんぜん感謝してないもん。

自分のことしか考えてないもん。

 

「この出来事が私に教えてくれることは」って、

目線が「私」にしかないもん。

 

だから、たとえば大変な目にあった相手に何か一言声をかけるとか、

思いやりを態度で示すとか、できることを協力するとか、

「そうする」という選択を、

ふとした瞬間に、自然にとれなくなっていくんだと思います。

 

心がそこにないから、一瞬ためらう感じがあるんです。

相手より自分だから。

自分のほうが可愛いから、損得勘定で損になりそうなことはしたくないから。

 

そしてそういうちょっとしたところが積み重なって、

人との関係というのは意外なほど大きく違っていくのかもしれない。

 

そんな、

反省というか、再びそんな自分が見えてがーーん、となり。

 

その人には、今は大丈夫か、何か困ってないかとメールをしました。

私にできることがあったらいってねと。

 

明日以降にならないと解決?に向かうのかはわからないんですけど、

そんなそわそわした自分の気持ちも抱えつつ、

ちょっと踏ん張って、ぐっと人の方にも気持ちを向ける、

そういうふうな女性で在りたいです。やっぱり私は、そういう方がいいから。

 

そんな今日の気づきでした。