始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

1ヶ月振り返って②(家族のこと)

 

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

続きです。

 

家族のことなんですが、

何から書けばいいのかなあ。。

 

今実家にいるので、状況だけ説明すると、

 

・4月から仕事の関係で10年ぶりに実家に戻りました。

・私の親はいわゆる「毒になる親」で、家族仲は最悪だったが、大人になった私ならうまく対処できるのでは?と淡い期待を抱いて同居。

・結果撃沈

・人って変わらないんだな、うちはもうこういう家族ってことで仕方ないんだなーと諦めた。

 

一緒にいると、どうしても過去の辛かったあれこれを思い出したり、

私も今なら家族を変えられるのでは!と勘違いして衝突を繰り返したり、

 

まあひどいものでした。

今も現在進行形なんですけどね。

 

ちなみに「毒になる親」って今では有名なフレーズのようですが、

説明のためにうちがどんな感じかというと

 

・祖母が元凶(こういう言い方はしたくないけど、そんな感じの立場ということ)、実の息子である父もその影響を色濃く受け継いでいる。

・基本的な特徴は

「自分が絶対に正しく、それに沿わない人や状況が間違っていると信じている」

「自分にとって都合の悪いことは忘れたと言ったりしてごまかす」

「人格を否定するような言葉を日常的に使う(バカ、しね、など)」

「自分の思い通りにならないと何時間も大声で暴れて喚く」

・母は基本的に二人の言いなりで、「自分が我慢すればおさまる」と思っている。

・兄と私は母をかばって我慢したり、時には反発したり。

 

わー地獄のよう。

 

ちなみに、説明のために書いたけど、今は家族のそれぞれをバカにしたりこいつのせいで!って気持ちはないです。念のため。

 

それで、最初は「なんとかこの状況を変えねば」って奮闘してたんです。

でもなんていうのかな、それって「変えなければならない」って、すごく一点にこだわってる状態なんですよね。

私の思い通りにしたい、という。

 

だんだんと、そんな頑なな自分の心に気づかされて、

「解決のためには」と奮闘して疲れるのをやめて、

でも淡々と「私が変えられるところがあるとすれば、何かな」って考えてました。

 

まずは物理的に距離をとる、というのが一つ。

 

毎日こんな環境なので、一人の時間が物理的にとれないのです。

仕事以外は実質的に監禁状態でした。

私が夜や休日に外出すると母が責められ(二人に「どこに誰と何をしに行ったか」を何時間も問い詰められる。私が事前に伝えたにも関わらず)

帰宅すると母が泣きそうな顔をして出かけないでと懇願してくるのが何度か続き、もう限界だな。と思って出ると決めました。

 

あともう一つ、

これは完全に私の問題なんですが。

 

家族のこと、を改めて自分の中で掘り下げていった時、

自分の中に「母に対する深い罪悪感」が根付いていることに気づきました。

 

私のせいで母は不幸、

私のせいで母は苦労している、

私のせいで。。。

 

こんな「設定」が、ものすごく自然に当たり前に自分の中にありました。

本当、なんで今まで気づかなかったんだろう?ってくらい。

 

私は何をするにも何を考えるにも、この「大前提」に沿っていたことに気づいたんです。

 

「母の意向に背くことは、悪いこと」と。

 

だから、本来なら私が背負わなくてもいいことを、自分で勝手に背負ってきたし、

それが当たり前だと思っていました。

それが親孝行なんだって。

 

母が二人に責められているとき、自分のことじゃなくても、

何か自分が悪いことをしているような感覚がして、落ち着かなかった。

 

私の中では、一番の問題は、祖母でも父でもなく、母だったんじゃないかなと。

(母その人が悪いとかじゃなくて、私が勝手に問題を取りにいっていたという意味)

 

母が祖母や父に責められて辛いとか、色々あるんだと思うけど、

でもそれはあくまで母の人生の問題であって、私には関係ないはずなんです。

 

「母親が辛そうな顔をしているのを見るのは辛い」という心理は誰でもあると思うけど、

そういう問題じゃなくて、

 

「だから私が悪いんだ」って勝手に罪悪感を感じて、

「だからあの二人が悪いんだ」って勝手に問題化して、

「だから変えなきゃ」って勝手に衝突して傷ついて、

 

それらについては、完全に私の自業自得だったなと。

母の問題を、勝手に私が横から取りに行ってたというか。

 

それを意識したら、これまでの自分の馬鹿さ加減に心底嫌気がさしたし、

何やってたんだろう自分は。。って力が抜けました。

 

でも気づけたということが、私にとっては希望だったなと感じています。

 

「家族を大切に思う気持ち」は、あるんですよ。こんな私でも。

私の家族がどんなだって、やっぱり「それでも家族」っていう思いはある。

それも素敵なことだと私は思うから、その気持ちは否定しないで持っておく。

 

でもそれを、進んで問題を取りに行ったり、家族を変えようとしたり、自分がバカな行動することの言い訳にしない。

家族であっても、それぞれが一人の人間で、それぞれの人生で経験していることがあるのだから、それを私が横取りしない。

母は母であって、母の苦しみを勝手に私の苦しみにしない。

それで冷たいとか酷いといわれても、それは仕方ない。

 

どっちかに落ち着かせたい気持ちはぐっとこらえて、

これらの矛盾した気持ちを、両方とも自分の中に「置いておく」。

事実、どちらの思いも私の中にあるのだから、どっちかを潰そうとしたりせずに、そのままにしておけたらいいなと思います。

 

 

最後に。

 

この1ヶ月ほんとにいろいろあったんですが、

きっかけは私が仕事のランク?を落としたことと、結婚の報告からでした。

 

どちらも、私が自分を生きようと思って踏み出してきたことです。

その意味ではまったく後悔していないけど、

何度も「どうしてこんなことになっちゃうんだろう」って思いました。

 

私が自分を生きるなんて調子に乗ったからいけなかったのかな?って。

 

でも・・・でもですね。

なんていうか、これはまったく直感でしかないですが、

 

私の人生のトータルで見たら、きっとベストなことなのだろうと思うんです。

 

こんな状況で何がベストなんだろって頭では思いますけど。。

 

でも改めて考えてみて、

仕事のことでも触れたけど、本当にこのままするっとスムーズにいったとして、そのまま行っちゃっていいのかな???

という引っかかりみたいなものが、なかったはいえない。

 

私は研究の前線から引いたことは後悔してないですけど、

やっぱりこういうことも面白いな、って気持ちが湧いてくるのも事実だし、

もう少し頑張ってみようかな?って気持ちも、

こうして家族が騒動起こしてくれなかったら、立ち止まることもなくて、見つけられなかったかもしれない。

 

結婚のことも、

彼と具体的に進めているけど、不安がないわけじゃなくて。

私は彼のことは心から信じているけど、こうして義理の家族とトラブルが起こった時にどう対応するか?なんて普段は見れないですからね。

もしここで家族が何も問題なくスムーズに進んでいたら、気づけないことがいっぱいあったかもしれない。

本当にもしかしたらだけど、結婚したことを後悔するような気持ちに後々なったかもしれない。

 

もちろん今の時点では何もわからないけど、

そういう意味では、家族が私に与えてくれた、「一度立ち止まってみる」というギフトだったのではないかなと。

 

そう思うと、

どうしても目の前のトラブルをもって相手に腹を立ててしまう気持ちとか、

相手がこうだったらよかったのに!って駄々こねたくなる気持ちとか、

そういうのがすーっと引いていく気がして。

 

代わりに、

でも相手もこういう気持ちだったのかな、

私はそれに対して何かできていたかな?気持ちに寄り添ってあげる努力はしたかな?と、

なんというか、柔軟に考えるほうへシフトできるんです。

 

それが、この1ヶ月で私が得たいちばん大きなものだった気がしています。

 

そういう状態で自分もいたほうが、やっぱり毎日生きていくのも楽ですからね。

よかったと思います。

 

いろんな気持ちも、うまく付き合いつつ、

これからもやっていけたらいいなと思います。

 

 

今日はこんなところです。

お読みいただき、ありがとうございました。