始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

そのままの自分で、「変化を受け入れて適応して生きていく」こと。でもそれは「人生に対して受け身でいい」とか「ラクできる」ということじゃないんだと思う。

学会から帰ってきて疲れがどっと出たのか何もやる気が起きず、

大学には来ているもののほとんど仕事らしい仕事もせず

ぼーーーっと過ごしています。。

 

つい、昔のクセで

「何もしないなんてダメになってしまう!」

「ちゃんと仕事してる姿勢みせなきゃ!」と

無理やり調子を戻そうと予定を入れそうになる自分が出てくるんですが

 

今はもうそんな声に流されることもなく。。

だって、私は調子出ないんだから今は。しょーがない。

と、ひたすらボンヤリしています。

 

そりゃフツーの企業に勤めててそんなこと言ってたら

ふざけるな!となるのでしょうけど、、(でも企業勤めたことないからわかんないや。)

 

私がいろいろ事情があって腑抜けてることとか、

難しい仕事やりたくないこととか、

近しい人たちには開示して言葉で伝えていますし、

それで今なにも問題なく、穏やかに過ごしているのでいいと思うのです。

そうして委ねた方が自然と感謝も湧きますしねえ。

 

 

そんなふうに過ごしていて、

ふと、

自分さえ受け取る姿勢でいれば、ガツガツ向かっていくことはないんだなーと思って。

 

知識や情報、あるいは気づきや学び、何か大切なこと、

そういう自分の人生をよりよく彩ってくれそうなモノやコト、人などを、

今までの私は、

頭で考えて狙いを定めて、

それを取るんだ!得るんだ!向かうぞ!行け〜!!

・・・みたいな感じ?

 

だからとにかく行動!動く!出会い!って思っていたんですよね。

毎週のように全国を飛び回っていた時期もあったのですよ〜・・・

今週は大阪、来週は福岡、その次は名古屋、、なんて時もありましたねえ。。

 

なんというか、やっぱりそれって男性的だったなーと思って。

だからなのか、その時は男性の人と仲良くなることが割と多くて、

女性でもいわゆる「男タイプ」の人が多かった。

やり手の女社長とか、個人で独立して稼いでる人とかね。

 

そういうタイプの、自分で切り開いていける系の人はいいと思うんですね。

というかどんどん進んで行ってもらって、

私にもワクワクする世界を見せてくれー!って思う。笑

社会の発展は私も願っていますし。

 

でもそれを動かす側には行きたくなくて。

なんかそういうところは、やっぱり私はオンナなんだなあと。

 

 

受け取ったり、隣で見ていてわくわくする方でいたいなって思う。

 

そしてそれは「受け身でいい」ということとも違うんですよね。

 

役割分担、だと思うんです。男女の。(実際の性別はさておき。)

でもそれはあくまでも、

自分の人生に自分で責任を持って生きているからこそできることだなと。

 

今の世の中は、やっぱり男性的な人の方が賞賛されると思うんです。

自分で何かを立ち上げたり、作り出したり、

目標を設定してきっちり計画を立て、大きな成果を出したり、

そういう「向かっていける人」。

 

一方女性的な生き方は、

 

自分から目標に向かっていくことはないけれども、

人をサポートしたり縁の下の力持ちだったり、

起きたことに適応して柔軟に変えることができたり、

「ただ、その場にいて、受け止める」ということが、それだけで価値というか。

 

「受け入れることができる余裕感」が女性の良さだと思うんですが、

 

ややもすると「自主性がない」とか

「指示待ち」「受け身」「もっと積極的に!」って批判されてしまうと思うんですね。

 

やはり今は「自分でお金を稼ぐこと=一人前」という社会ですし、

そもそも「お金を稼ぐ」という土俵では、

どうしたって男性的な人の方が有利に決まってますもん。

 

でも「受け入れる性」の女性だからって、

「人生に対して受け身でいい」とか「ラクできる」ということじゃないんだと思う。

 

私はここを勘違いしていた気がするんですよね。

だからどこかで、

仕事を頑張らないとか目標を決めない生き方、というのは、

「間違っている」というか、

「本当にそれでいいのか?」みたいな。。

 

そういう抵抗があって、

だから余計に「頑張り続ける生き方」にしがみついてた気もするんです。

というか今もそうなんですよね。

「頑張らなきゃ」って思いが出てくる時って。

 

で、それはどうして?と考えると、

 

頑張る生き方=男性的な目標設定型=すごい=勝ち

頑張らない生き方=女性的な受け入れ型=大したことない=負け

 

みたいな、

なんだそれって感じですが、どうもそういう設定をしていたんだと思う。

私が勝手にですけど。

 

「勝ち」「負け」の優劣をしっかりつけて、

できるだけ「勝ち」のほうに入りたい、というような、

プライドというか。

こんなのプライドとさえ呼べないと思うけど。。

 

そこのシーソーゲームをしていたんだな〜って思うんですよね。

生き方に対してさえ、

こっちとあっちに分けて、こっちを増やす!という点取り合戦みたいなやつ。

くだらねーなって思いました。

最近こういう姿勢でいる自分を発見できるきっかけが多くて、なぜか。

その度にキモイなって思って捨てています。

 

そして大事なことは、

別に女性的な受け入れ型だって、

ラクできるとか責任を負わなくていいとか、

そんなことまったくなくて、

 

肚を決めて覚悟を決めて、

自分の人生は自分の責任だって、

痛いことも受け入れる覚悟も持っていなければ、

あっという間に流されてしまうということ。

 

そして人のせいにし始めると苦しいから、

手っ取り早くスッキリしたくて、

「向かっていく生き方」に逃げやすいんではないかと。

「目標に向かっている私!」って、なんか誤魔化せた気になりますもんね。。

 

だから、そういう「向かっていく」を降りて、

緩んだりのんびりした気持ちで、そのままでいいと思える生き方を、

本当の覚悟を持って選択し続けてきたこと、

私は誇りに思えるし、これからも続けていきたいと思うんです。

 

 

私は今、大学という組織の中にいるので、

やっぱり「オトコ」が多いです。女性も含め。

 

その中で、こういう「オンナ」の生き方を貫くのは、

難しくはないんですけど、

でも時々ちょっと立ち止まってしまうこともあるんですよね。

 

今回の卒業できた報告しても、

「よかったね〜!!で、次は何を目標にするの?」って

10人中10人が聞きますもんね。笑

当たり前なんですよね。目標に向かうのが。

 

私は今の環境を本当にありがたいと思っているし、

やってきた流れで受け取らせてもらったけど、

そういう違和感が続くようならやっぱり

この環境の方を捨てるしかないだろうとは思っています。

 

生き方をそっちに合わせる気がもうないのでね。。

これは私の好みなんだと思うけど、

ただ自分がどうしたいかに沿って生きていく、ということ。

それを貫くなら、合わない環境の方を捨てるというか、

離れるしかないだろうなって。

 

今はそこに対してあまり怖さとか、なくなってきたんですよね。

周りに合わせるより自分の軸を貫いたら、

そんな悪いことにはならないし、

ちゃんと整っていくことがわかってきたから。

 

 

まとまりないですが今日はこんなところで。