始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

どうなるかわからなくても進む、という自由さを自分に与えるために。【私がこれまでの恋愛経験から学んできたもの】

明日から学会で遠出するので、今日は早めに帰って準備をしてました。

 

あ、卒業は無事にできそうです。

まだいくつか結果待ちの項目もあるけど、たぶん大丈夫だと思います^^

 

私はそもそも「大学院卒業できるのか?その先の進路は?」ってところから悩みが出発していたので、

ずっと、ちゃんと卒業ができるのか?ってことを、すごく気にしていたんですけど。

 

結果として合格して、それはもちろん嬉しいんだけど、

思ったような感慨は湧いてきませんでした。

「よっしゃーーーーーーー!!!!(わたし、すごー!!!)」

みたいな、笑

そういう感じが、不思議なほど全くなくて。

 

そういうところが、やっぱり自分でもすごく変わったんだなあと思うんですね。

 

これまでは、たとえば試験に合格したとか、プレゼンが成功したとか、賞をもらったとか、

 

「目標や何か」に向かっていって、

それを一生懸命になって得て、

その一瞬だけ、すごい幸福感というかハイな感情でいっぱいになって、

またいつもの「何もないふつうの」日常に戻って、

 

このサイクルを繰り返していました。

 

今思うと、このサイクルは、何かを得た一瞬は興奮してハッピーになるんですけど、

それ以外のときはずっと渇望感で苦しいし(「何か」がまだ手に入ってないから)

 

というか必ずしも「それ」が手に入るとも限らなくて、

手に入らない=失敗だから、勝手に惨めになることも多くて苦しいし、

 

そういうところで、すごく遊んでいたなあと思います。

上に下にとブンブン振り回されて、感情も乱高下して、そのスリルを楽しんでいたって感じですかね。。

 

どっちがいいかなと思ったら、やっぱりブンブンされるのは疲れるなあと。

今の方が、「(何かを得て)やった!!興奮!!すごい!!」っていう高揚感はないんだけど、

逆に何かを渇望する心や足りないっていう虚しさとか、そこにとらわれることもなくてですね。

 

平和、なんですよね。

感情はもちろん揺れるし、こうなったらいいなあ、こうしたいなあ、と思う気持ちもあるけど、ぜんぜん違うなーって。

こっちの方がやっぱり私はいいなって改めて思いました。

 

 

さてそれで、

 

今日は書きたいことがあるんだけど、どう書き出していいのやらで前置きが長いです。

なんとなく恋愛とパートナーシップのことを書きたいなって思って、

彼氏との付き合いを思い出しつつ私の心境とか振り返ってみようかと思ったんですけど。。

 

というのも、私は卒業が決まったらお世話になった人たち一人ひとりに感謝の気持ちを伝えたいなと思っていて、

今地道にそれをやっているんですけどね。

 

私は自分を生きる、の最初の手段として「好きなことをやってみる」ということで、

好きな政治家の応援とか政治関係の勉強会とかにばんばん参加したんですけど、

 

その関係からご縁が繋がって知り合った人たちが、すごく多くて。

 

彼氏はこの時知り合った人なんです。

彼氏もそうなんですが、今も良い関係を続けさせてもらっている人が何人もいて、

それってすごくありがたいことだなあと。

 

「そういう結果が得られたから正しかった」とかってことじゃなくてね。

でもこれらのご縁だって、私が家と大学に閉じこもる生活から一歩踏み出さなければ、全部得られなかったことです。

 

ご縁が欲しくて行動していたわけじゃないし、

もちろん名刺交換してそれきりっていう人だってたくさんいたけれど、

でも、ちゃんと私にとって大切なものが、残るようになっていた。

 

そんな感じがして、なんだか嬉しかったです。

そういう経験は、私の人生にはなかったことだから。

とにかく何がどうなるかもわからないけど動いてみようって。

 

そういう「先のことはわからないけど、進んでみる」っていう覚悟というか肚決めが、

今の課題というか、意識させられることがなんだか多くて、

それで振り返ると彼氏と付き合うまでもその連続だったなあと。

 

出会った時は挨拶してそれきりだったんですけど、

 

その時私は、好きだった男性に振られた上にあっさり別の女性と結婚されたり、

次に良い感じになって好きになりかけた男性に目の前で別の女性と結婚宣言されたり、

 

「持ち上げて落とされる」みたいなことが続いて、すごく落ち込んでいて。

 

でもなんとなく、私の恋愛パターンのよくないクセが、わかりかけてきた時でした。

 

で、彼氏は、私からデートに誘ったんです。最初は。

デートというか、たまたま二人とも参加する会があって、その帰りに流れで行ったんですけど。

 

その時は自覚なかったと思うんだけど、

たぶん私は、何度も辛い経験をして、本能的に気づいていたんじゃないかと思います。

 

「どうなるかわからなくても進んでみる」しかないってことに。

 

うまくいかなかったケースは全部、

「どうなるかわからないから進むのが怖い」と私がグズグズしている間に、

あっという間に相手が別の人とうまくいって、振られてしまって、

気づいたら終わっていて。

 

それは、その人たちに私が踏み込んだらうまくいったかは、分かりませんけど。

でも少なくとも「怖いから動きたくない」ってグズグズしていて得るものはないんだ、って分かったんです。

 

彼とはそのあと何度かデートして、お付き合いすることになったのですが、

 

その都度、「この時のこれがなかったら付き合ってなかっただろう」という出来事は、

いくつもあったけれど、

 

でも相手や周りが何もかもお膳立てしてくれて、

私は受け身でそれを待つだけ。。という感じでは決してなかった。

 

自分で言うのもなんだけど、この時はちゃんと掴んでいたんだな、と思いました。

 

動くべきところはちゃんと動いていました。

 

私からこんなに連絡してうざくないかなとか、嫌われたらどうしようとか、

私だけ盛り上がっていて彼はそんなでもないかもしれないとか、

怖さも不安もいっぱいあって、

でもそれらもちゃんと抱えたまま、動いてみようって。

 

ちゃんと恋愛したかったし、恋人が欲しかったから。

 

もちろん、それに応えてくれたのは、

彼氏も私と気持ちを同じくしてくれていたからだと思いますけど、

 

でも私が経験から何も学ばず、

変わらず「口を開けて待っているだけの女」だったら、

恋人にはなれなかったと思うんです。

 

だから、

 

自分がそうしたいと望むことなら、「どうなるかわからないけど進む」という覚悟。

 

そこに本気で肚決めをするだけなんだなって、今はそんなふうに思います。

 

その肚が自分の中にひとつ決まったから、

そこからいろんな応援の流れとか、そういうものも得られたんじゃないかなあと。

 

だって、最初のデートから付き合う前に再会できたのも、

たまたま私が共通の知人と会う機会があって、

そこから話題に出なかったら思い出さなかったし、

流れでその人が彼に電話しなかったら会うこともなかっただろうし、

 

私が!私が!全部私が叶えるわ!って傲慢な気持ちで、

無理やり流れをこっちに持ってきた!って感じじゃなく、

 

そういう流れに後押しされて、

その都度、必要な勇気は出して一つ一つ行動につなげて、

彼も同じ気持ちを抱くようになってくれて、

お互いの気持ちが一緒になって、それを伝え合うことができて、

結果、こうして隣にいられるようになった。

 

この、偶然の流れとか、

彼も同じように思ってくれていることとか、

それはまったく私の力の及ぶところではなくて。

 

それは今も同じことなんです。

無事にお付き合いが始まってからも、全部が順風満帆だったわけじゃないですし。

 

聞いてみないとわからないこと、

私が勝手に妄想で不安を膨らませていること、

逆に彼が勘違いしていて私を怒らせてしまうこととか、

 

でも、その度に一つ一つ、時間をとって、確認して、言葉で聞いて、伝えて・・・

なんだかその繰り返しと積み重ねでしかないんですよね。

 

その努力は、私はできることは、やっているつもりです。

決して嫌な努力じゃなくて、彼が好きで大切だから自然とやっていることですが。

 

でもこういうことを積み重ねても、

お互いの気持ちは同じなのにすれ違ってしまって喧嘩になることもあって。

 

それこそ、別れの危機というか、

些細なことですれ違いが大きくなって、

特に私たちは遠距離でとにかく会おうってことがすぐ出来ないので、

なんとなく疎遠になってもう無理、ってなる可能性だってあったと思うし、

これからだってないとは言えない。

それはやっぱり、私がいくら努力してもどうにもならないこともあるだろうから。

 

でもありがたいことに今も彼とこうして一緒にいられていることが、

なんだか私には奇跡のようにしか思えなくて。

 

ただただ、ありがたいなと思うんですよね。

 

それはなんというか、「今彼氏がいて、よかったよかった」みたいな、

そういった気持ちとも少し違うんです。

 

「よかった」「しあわせだな」と同時に、

 

「それらが必ずしも、今後もずっと続いていくとは限らないこと」

「人の気持ちや環境は、時とともに変わっていくこと(良くも悪くも)」を、

 

そういう事実を冷徹に受け止めていて、そこに対する覚悟というか。

 

無くなってもいいと思ってるわけじゃないですよ。

 

ただ、未来はひとつも固定化されていないってことが事実で、

必ずしも「こうなってほしい」方向にいくとは限らないし、

思いもよらない方向に転がっていくことも多々あること。

 

私は「でもこうなってほしくない」「こうなってしまったら困る」という、

リスクを受け止めることから逃げて、目を背けた結果、

冷静な判断ができなくなって、動くべき時に動けなくなって、

いつも自分の首を締め続けてきたことを、今は経験で知っているし、

 

それがあるから幸せで、

それがなければ不幸。

 

という枠に自分を押し込めるのは、やっぱり不自由だなと思うから。

自分のためですね。

だから、彼が実際にどうしたこうしたっていうことは、あまり気にならないんですね。

 

どうなるかわからなくても進む、という選択をとれること、

 

そういう自由さをもって、

自分がしかるべきときに動けることが大事なんだと思うんです。

 

そういう気持ちにさせるために、気持ちを見たり書き出すってことが必要なのかなって思います。

 

どうなるかわからなくても進むという、

それができたな、って思えたことが、

やっぱり結果もついてきてくれたなと思うので。

最近の仕事の話もしかりです。

 

だから彼氏との関係も、

私が自分を自ら不自由なところに閉じ込めるのではなくて、

自分らしくある、その選択を自由にしていく勇気を持ちたいと思うし、

それに伴うリスクや恐怖も、克服したり消そうするのではなくちゃんと抱えながら、

 

弱い自分のままで、ただの自分で生きたいけど、

ちゃんと欲しいものには素直に手を伸ばしていく、その選択をとれる、

 

そういう強さだけは、持てる女性でありたいなと思います。

 

まあなんだかんだ言ったって、やってみなきゃわかんないですもん。何事もね。

 

自分の人生、どんなことも自分が選んでやってるってことは前提ですし、

何か起こったらどうしようって不安になるのもいいけれど、

何か起こったらその時に考えればいいんですよね。

 

こういう気持ちとか全部、

パートナーシップから学んだことでして。

もちろんコミュニティやその他の関係からもヒントは得ていますが、

一番実践させてくれるのは恋人関係なんですよね。。

 

別に学びが得たいから付き合ってるわけじゃないですけど。笑

やっぱりそういう人生の深みみたいな、面白さを提供してくれる存在としても、

彼氏がいてくれてよかったな〜って。

ほっこりした気持ちに、書いていてなりました。^^

 

今夜はいつも電話してるのに彼氏がすっかり忘れて(たぶん寝てる)

かかってこないしかけても出ないから怒りのパワーで書き始めたんですけどね^^;

 

こうして書いてみて、振り返ってみたら、

付き合うまでも付き合ってからも、守られていたなって感じました。

私も彼も、人間そんなにできてる方じゃないと思うし、、

応援されていなかったらきっとここまで来れてなかったと思う。

 

大切にしたいなって思います。

やっぱり好きだなーって。照れ臭いですけど、もっともっと伝えようと思いました^^

 

 

しかし恋愛の話は書くだけでなんとなく恥ずかしいです。。

 

 

今日はこんなところで。

お読みいただきありがとうございました。