始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

被害を加えてくる「加害者」みたいな人がいて、 それによって被害を受けている「被害者の私」がいる、という世界を自分が選んでいたという事実

先日私はこんなことを書きました。

 

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

ちょっとトラブル的なことがあり、

私にも言い分や言いたいことがあったのに、

 

相手も忙しそうだし悪いな・・・

騒いでクレーマーだと思われても嫌だし・・・

(相手が男性だったので)刺激して身に危険が及んでも怖いし・・・

 

と考え、

言いたいことを飲み込んでしまいました。

 

 

実は、考えた末に思い切って苦情を言うことにしたんです。

そういう窓口があったので、そこを通じて

「これこれこんなことがあって、怖くて嫌な思いをした」と。

 

私は元来とってもビビりで気が弱く、

ふつうに電話で話すのですら怖いと思うくらいなので

本当に勇気がいりました。。

 

それに、

こんなことで苦情だなんて、面倒だと思われているかも・・・

なんだよ?って、怖い態度をされるかも・・・

嫌われるかも・・・(誰に??)

 

という具合に、怖さ&不安&ドキドキはMAX。

でも言いました。

その後担当の方から折り返しがあり、少しお話しました。

 

担当の方は、男性だったけれどとても丁寧に

怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんと謝ってくださり、

対応した者に注意をしておいたこと、

後日責任者から正式に謝罪の文書を送らせていただきますと言われました。

 

私も、向こうがどんな対応で来るかわからなかったので、

 

政治関連のイベントに行くと

新聞やTV番組の捏造報道に対して苦情を言った、という方がたまにいます。

N◯Kや朝◯新聞が多いですが、そういう意見に対しては本当に酷い対応をするそうです。

受話器置いたまま無視とか、「訴えるぞ?」と脅したりとか、あるんだそうです。

 

なので、なんかそういうイメージが勝手にあって、

怖いこと言われたらどうしよーーーこわいよーーーって思ってたので、

逆にビックリしてしまって。

 

でも担当の方が本当に真摯に対応してくださって、

不思議とそれだけで、

「嫌な思いをしたこと」がどうでもよくなる感覚がしたんです。

むしろ私の方こそ、

他のお仕事で忙しいでしょうにわざわざ有り難うございます、という気持ちになって。

 

私「わざわざご丁寧にお電話ありがとうございます」

相手「いえこちらこそ貴重なご意見をありがとうございます」

 

みたいな。

お互いに、「ありがとう」で、自然に終われて。

 

相手はもちろん業務だからというのもあるでしょうけど、

「仕事だから嫌だけど頭下げてやるよ」って態度だったら、やっぱり伝わるし。

そういう嫌な感じが、ほんとうになかった。

電話を終えて、清々しい気持ちにすらなりました。

 

以上、

この件はおしまい。なんですが、

 

なんとなくなんですが、とても気持ちが動いた一件だったので、

何かとても意味のあることだったのかな、と感じたんです。

 

それは、「誰にでも誠実に接することがやっぱり正解なんだ」っていう、

一般論の常識的なこととは、少し違うところな気がしました。

 

 

最初、その「嫌な出来事」を通じて自分を見つめて言ったときに、

 

私は自分の気持ちをうまく伝えられないんだなあ。

 

ということがまず見えてきて、

 

それはどうしてだろう?と掘り下げると、

 

私は人の態度や言動にとても敏感で、繊細に感じ入ってしまうけど、

そんな自分ではいけない、って思っているんだ。

 

と出ました。

 

そういう自分を否定しているから、

「そうはいっても私が悪いよね」って飲み込むことで、やり過ごそうとして、

そのくせ心の中は周りへの不満や愚痴でいっぱい。。

 

このあたりで、あれっ?と違和感を感じ、

もう少し丁寧に、いろんな角度から問いかけてみて、

 

「被害者になりたがってないか?」と疑ったところで、

少しずつ見えてきたものがあって。

 

私の場合、「全部自分のせいだってこと忘れてない?」と突っ込むと

「はっ・・・!」となることが多いです。。

 

外側に、何か被害を加えてくる「加害者」みたいな人がいて、

それによって被害を受けている「被害者の私」がいる、

 

という設定に、自分でそうしてないか

 

ちなみにこのあたりコミュニティの投稿ややりとりからだいぶヒントを得てます・・・!

 

今回のことでいえば、

 

まわりが意見を言いにくい環境や人で構成されていて、(=加害者)

だから私は思ったことがうまく言えないのよ。(=被害者)

 

わたし悪くないもん。

 

こういうことではないかと。

 

このあたりから、どどーっと感情がいっぱい出てきました。

その中で一番、ここが痛いなあと感じたのは、

 

私の話は聞いてもらえない

 

という悲しさでした。

 

小さい頃に親に話を聞いてもらえなかった時のこと、

友人が自分の話ばかりして私が話したいことを話せなかった時のこと、

皆が集まる場だと気を遣って人の話を聞き出すことばかり頑張ってしまうこと、

 

どうせ私の話は聞いてもらえないんだ、

私の話なんか面白くないから誰も興味ないんだ、

私がどんなに頑張ったって

何をどれだけ努力したって

私のことを誰も気にしてくれない。

私の話は聞いてもらえない。

 

だけど、

「被害者と加害者」という世界を自分が作っているという視点で見えたのは、

 

話を聞いてくれない周りが悪い!

と他人のせいにすることで、

 

伝える努力をまっすぐしていなかった私のせいだ、

という事実から逃げていたこと。

 

私、「私の話もちゃんと聞いてよ!」っていつも心の中で思ってるんです。

 

なのに、

 

伝えるということは、

 

「私はこうだよ」ってまっすぐ伝えるということは、

そのぶん、

「相手の反応が返ってきてしまう」ことを避けられないから、

 

だから私はそれが怖くて、

 

「冷たい、酷い態度を取られるかもしれないというリスク」

を回避するために、

 

伝えることができないようにしておく方が都合がよかった。

 

ちゃんとその通りに叶っていたんだということじゃないかと、思いました。

ここから一番逃げていたんだと。

 

今のところ、見えたのがここまでで、

というか私は今回の「苦情を言う言わない」事件に限らず、

今までに何度もこのあたりのことをぐるぐるやってたんじゃないかと、

今考えるとそうなんですよね。

 

きっと私の中ではもうこういうことをやめたいんだと思うんです。

 

リスクを受け入れてでも、

私は「私の話も、聞いてほしい」と思っている。

 

そこには

「伝えるというこわさ」「相手の反応を受け止めるこわさ」も、

当然あって、

 

でも私は「私の話も聞いてほしい」から、

そっちを選びたい。

 

周りや人のせいにして、

私はこうだから言えないって自分を責めて、

心の中で不満を溜めたり相手を責めたり、

 

それは苦しいようでいて、本当はとってもラクなことだったと思います。

人と本質的なところで干渉することがないぶん、

いわば実態のないバーチャルと同じで、

本当の意味で傷つくことがないから。

 

そのラクさを、取りたくて、私がそうさせていたということ。

だから、きつくても私がちゃんと「もうやめる」と決めれば、

私の世界だからきっと変えられると思う。

 

それはきっと「人と喧嘩したり嫌な思いをしたりする」可能性もあって、

こっちを選べばそのリスクは絶対に回避できなくて、

例えば今回はたまたま、担当の人がとてもいい人だったから、

気持ちよく終われたけど、そうでないこともある、たぶん。

 

それはわからないけど、

でもやっぱり私はこっちがいいと思うので、

「私の話も聞いてほしい」から、伝えていく、というふうにしていこうと思います。 

 

 

今日はそろそろ時間なのでこんなところで!

 

政治家の面白い話はまた後日にします^^;

 

 

お読みいただきありがとうございました。