始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

「自分が変わる=世界が変わる=当然いい方向に変わっていく」ではなくて、その先のどんな可能性も引き受けると決めること。

こんにちは。

 

先日、素敵な再会が続けてあり、ほっこりした気持ちで昨日今日と過ごしています^^

 

よく「自分が変われば世界が変わる」っていうけれど、

でも自分が変わったのかどうか?って、なかなか自分では気づけない。

 

私も今も何がどう変わったのか???は、わかりませんが、

でも対応するように世界が優しくなってきている実感はしているんですよね。

 

たとえば自分が「ちょっと苦手だ」と構えていた人だったり。

 

その人は男性で、仕事めっちゃできて優秀で、私はちょっと頑張らないと合わせられないタイプの人。

先日、再会したんですが。

「あれ?こんなに普通に話せる人だったっけ・・・?」と。

やや仕事絡みの場だったので少し緊張感はありましたけど、自然に対応することができて。

 

何が違うのだろう?と考えました。

 

以前の私は、その人の前では「とにかくいいところを見せないと」って構えていました。

もうね、仕事の鬼みたいな人だから^^;

やる気のないやつは去れ!ってタイプだから、私もいつもどこか「私もこんなに頑張ってます!やる気あります!」って顔で接していたんです。

で、その甲斐あってかとても可愛がってくれて。

〇〇さん(私)は見所がある!有望株だ!って感じで、何かと呼んでもらえて。

 

だから私がこんな腑抜けになって、仕事もとりあえずしません^^

とか言ったら殺されるんじゃないかと思ったんですよ。笑

いや笑い事じゃなく、本当に抹殺されそうな雰囲気がありましたので。。

 

でも、先日は、もう私も就活してないし地元に帰ることは本気で決めてたし、

そりゃあ嫌われたくないし殺されたくもないけど、^^;

もういいかな。って本気で思ってたんです。

 

できれば嫌われたくはない。。という恐れは持ちつつも、

もう私は「こうして生きていく」と肚を決めてしまったし、

それが受け入れられないなら、本当に、もういいかな。と。

 

だから、最近わたしは本当にふぬけになってますが。。

その場でもこれまでみたいな「やる気あります!」アピールしなかったんです。

 

できる社会人の十ヶ条!言ってみろ!と投げられても、

忘れてたので^^;

「あ・・・すみません忘れました・・・」ってぽけーーーっとしてたり^^;

 

仕事ができるようになるには〇〇を磨け!的な話していても、

「あ、私はそれは無理なんで・・・こっちだったらできるので、これを伸ばします」ってはっきり言ったり。

 

でも、別に殺されなかったです。笑

 

卒業後は決まってなくてまあこれから考えます、って言っても。

 

殺されなかったし^^;

がっかりもされなかったし、

怒られもしなかった。

 

別にどうにもなりませんでした。

いつも通り、話して、笑って、また来いよ!って別れて。

 

なんなら、「私はこんなにやる気があって・・・!」ってカリカリしてた時より、

全然、

冗談言ったり、「そんなことしませんよー!!!」ってつっこんだり、

「それはできません!^^」ってきっぱり言えたり、

 

すっごく、楽だし、楽しかった。

 

私、これまではちょっとその人を尊敬しつつも「こわい」と構えていたのですが、

なんかふつうに大好きになりました^^

いい人だなー!って。

こういう人と、付き合っていきたいなって。

 

正直、これまではちょっと打算もあったんですよ。

その人、その界隈?では有名だから、仲良くしておけばなんかいいことあるかもしれないって。

とりあえずいい顔しておこう、みたいな。

メリットが、いつかあったらいいな!みたいな。

 

別にそれがダメというわけじゃないけど、

そういう心でいると、やっぱり常に緊張していないといけないんですよ。

だって嫌われちゃったら大変だもん。

表面的に、うまく、媚びて、取り入って、関係つないでおこう、って。

 

まあ私はそういうのがわりとできる方だったんですよね。

目上の人、特に「男性的で優秀なタイプ」から、よく可愛がられた。

その立場の人が、どういうことを言われたくて、どういうことをしてほしいか、よく見えたから。

淡々とそれをやったら、勝手に気に入られることが多くてですね。

 

でもそれ、すごい意味なかったなー!と。

なんか衝撃を受けた気分でした。

 

ただ、相手の言って欲しそうな言葉を与えていれば。。

して欲しそうなことをやってあげれば。。

いつもニコニコ、言うことを聞いていれば。。

 

関係が、良好に繋がっていけると思っていた。

でもぜんぜん違ったみたい。

 

打算があってもいいと思います。ゼロって人の方が少ないと思う。

でも何が違ったか?と考えたら、

 

私は本気で

「自分はこうして生きていくと決めて、それを受け入れない人は離れていってしまうかもしれないリスク」を、

そのとき引き受けていました。

本気で。

 

世間の大多数と違っていても、

どんな偉い人に何を言われても、

周りの人がどうであっても、

その起こりうるリスクを引き受けてでも、

本気で「私はこうしていく」って決めていました。

 

これまでも「人がなんて言おうが私はこうする」って決めていたけど、

そのときだって本気で決めたと思っていたけど、

何が違うかと考えたら、そこかなあと。

 

「できればこうなってほしくない」リスクや、生じうるデメリットなどに対してビビってたと思います。

「怖い」という感情をなくすのは無理ですが、

そもそも「でもそうなったら嫌なんだもん!」って、逃げ腰だったというか。

そこを見たくなくて、「いや、まさかそうならないよね?」ってごまかしたり、

いざそうなってしまったらやっぱり嫌だ、それは引き受けたくないの!

と、足を半分だけ出しておいて、いつでも逃げられる準備をしているというか。。

 

そんな感じでした。

自分が変わる=世界が変わる=当然いい方向に変わっていく!

と、勘違いしていたのだと思います。

 

それはきっと、長い目でみればすべて私の人生において「よきこと」なのでしょうが、

やっぱり人間である私の価値観で見れば「デメリット」でしかないこととか。

(ここも疑っていくことが大事なのだなと思いました)

なんでそうなるの!?って意味のわからないようなこととか。

 

たぶん自分の想像もしないようなこと、

「こうなったらいいな」「こうなっていってほしい」って理想が今、あるけれど、

私も今だっていくつも握っているけれど、

 

「決める」ということは、

その「こうすると決めた」方に進んでいくことで、

自分の理解を超えた展開が待っている可能性をも、

そのときは意味がわからなくていっとき苦しくなるとしても、

それも引き受ける覚悟を決めました。

本気で。

 

ということなのかなと思います。

 

だから、決めたら、

それに伴って生じるいろんなことが、

「こうなってほしい」と思っていることが、

たとえ動かなかったとしても、どういうふうになっても、

どちらでもいい、という気持ちになるのだなと。

 

で、たぶんそういうふうに決められたら、

逆説的ですが、結局はちゃんと整っていくというか。

 

 

なんなら、ごまかしていたときよりよっぽど自分もラクになれて、

相手のことも自然と好きになれて、

無理のない付き合いを続けていける、

そんな関係がちゃんと整ってついてきて。

 

決めるって本当にこういう覚悟なんだなー、と思いました。

 

自分が変われば世界が変わる、という言葉、

 

その通りだけど、感じる印象がまったく変わりました。

 

でも結局は、「決める」ってその先に信頼がないとできないことだなとも思います。

自分に対する信頼。

だって、どうなってもきっと大丈夫だって、根拠もないのに自分が思えてなければ飛び込めなかったですから。

大丈夫というのは、なにか保証があるから大丈夫!とかじゃなくてね。

 

世界がどうなろうが、自分で自分の人生に責任を持つというのかな。

自分で自分を幸せにする。

何かがあるから幸せで、何かがないから苦しいとか、

そういうところに自分を留まらせないという覚悟。

 

今回も、そんな気持ちでした。

 

少しずつだけど、ちゃんと自分の人生を取り戻せているように感じられて嬉しいです。

 

今回はそんなところで!