始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

自分に余裕を持たせてあげること

昨日の記事を改めて見てみて、

 

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

なんか重いオーラ出てますね。すみません。昨日はただただ疲れていたんですよね。

 

その「やらなければならないこと」っていうのが、自分が蒔いた種だから自業自得やん!って嫌という程身にしみて、ヤケになってたものと思われます。。

 

年末からノートに書き出す時間も取れてなくて、溜まってた感情をどこかに吐き出したかったんだと思う。

 

家族にも彼氏にも八つ当たりしてしまいました。

 

「感謝」って気持ちを見出すことさえ苦しくてできない、と書くほど、昨日疲れて辛かったんだけど、

 

でも八つ当たりしたりヤケになったりしても、変わらず家族も彼氏も優しくて、見守ってくれていることを思うとありがたくて。

当たってしまう自分にはやっぱり罪悪感も自己嫌悪もドロドロ出てきますが、冷静に振り返ればやっぱりありがたいなって思えるくらいには素直になれました。

 

やっぱり自分に余裕がないとそういう気持ちにもなれないんだなと思います。

だから、「本当はやりたくないのに、やらなければならないこと」で自分をいっぱいにすることは、

自分を疲れさせるだけでなく、周りも巻き込んで不幸のスパイラルに落ちてしまうんだなと。

 

そう思うとほんとうに女性は余裕感を持つのが大事なんですね。

仕事をバリバリこなしながらもゆったり生きられる「本当に優秀な女性」でない限り、そこで勝負しようとするのは無駄が多すぎるんだと思う。

 

「やらなければならないこと」がピークに達して昨日は大変だったのですけど。

もうこんなの嫌だー!とジタバタしながら作業してたんですが、

 

なんかもう、私ってほんとうにダメなんだなあって思ったんです。

 

ネガティブなイメージの「ダメ」じゃなくて、「できる」層から完全にこぼれ落ちた人間なんだなって、その事実を感じました。

 

こういう、論文に仕立てるためのロジカルなストーリーを考慮しつつスケジュール管理しながら効率的に実験を組み立てるとか、

自分たちの主張に必要なエビデンスを精査してジャーナルにふさわしい基準でデータを出せるように計画するとか、

 

今やってるんですけど、

もうちんぷんかんぷんで、

 

でも一年ちょっと前までの私はこういうことをやってたんです。

今となってはもうどうやってやってたのかさっぱり思い出せないんですが、

 

そういえばやってたんだなあ、こういうこと。

でも今の私、完全についていけないというか「できない」。

 

同じことをしてるはずなんだけど、

ほんとうに私、ダメになったんだなあと。

ダメになったというか、これが本当の私の姿だったんだなって思いました。

 

だから以前と同じような作業をこなそうとすると辛くて辛くて仕方ないんだと思う。

あの頃、「私はこれが好きだから!」と自分の辛さに蓋をして、カツカツになって働くことをイキイキ輝くことと勘違いしていてた自分を思うと、

あのまま進んでたら一体どうなっていたのだろうとゾッとします。

 

 

ノート、書きたいんですけど、今本当に物理的に時間がないので、メモくらいに留めて早く終わらせることを目標にします。

 

今日はけっこういい結果が出たので、このまま行けばなんとか突破できると思う。

がんばりたくないけど、最後だと思って頑張ります。