始末に困る人

仕切り直してみました(2回目)

私にとって一番大切なことは、

私は、

本当は、一番ほしかったものは、

たとえば好きな人と結婚できるとか、

余裕があって満ち足りた生活とか、

人と繋がり合える悦びとか、

そういう、「幸せを感じられそうな要素」が、

たとえ何もなくても、


ただ私が私としてここに生きているだけで

私が私を、そのままの私を、

いいところも汚いところも、

ただの一つも否定せず、

まるごと認めて、

まるごとそこに存在することを許せて、

そんな自分でいいんだって思える、

そういう状態で「在る」こと。

私が。

 

ただ生きているだけで満たされたい。

私があんなに欲しい欲しいと思っていたいろんなこと、手に入れたかった未来、

そういうものが

今、なくても、

今、ただ生きているだけで私は満たされたい。


それは他になにもいらないということではないけど、

もちろん欲しいものは、たくさん、たくさんある。

それでも、

それが今はないってこと、悲しいなあって思っても、

そんなところに自分を留まらせないで、

そう感じてしまう自分さえ存在を許して

まるごとそのままを許して、

ただ生きる。

ただ生きているだけでいい。


そう思いたいってことです。

そしてそれは今すぐにでもできることだと思う。

 

これを一番に望むことは本当は怖い。

そこで満たされてしまったら、

あんなに欲しいと思ってたいろんなことが手に入らなくなってしまうじゃないかって。

私は、でも、

もうそこの順番を違えたくない。

「あんなに欲しいと思っていたいろんな要素が手に入ったから」、満たされるんじゃなくて、

そんな脆いものの上に私のいのちを委ねたくない。


「あんなに欲しいと思っていたいろんな要素は、今ないけれど」

「ただ生きているだけで私は満ちている」って思える方が、いい。


そっちの方で、私は満たされたいんです。

ただ生きているだけで満たされたい。

ただ生きているだけで、私はいいんだって思いたい。


決めてなかったと思う、

ただ生きているだけの私を、

たとえ世界に私一人だけだったとしても愛してやるってこと。

そこを後回しにしていた気がする。

決めるだけなのに。

 

もっともっとそこに還ろうと思った。

ただの私に。

隠さないで生きようと思った。

人に気を遣って私のいのちを潰すようなことをしないように。

いつだって私を一番にしようと思った。

誰かを大切に思うとか、

誰かに大切に思ってもらうとか、

誰かに喜んでもらうとか、

そういうことは、

この土台ができてからじゃないと、きっと弱い。


だから、

今、私が思うこと、

こうしたいと感じていること、

それがどんなに非常識だと言われても、

それを自分が怖気付いて引っ込めるようなことはしない。


そう思っています。

今日の気持ちです。