始末に困る人

ちょっと仕切り直してみました

嬉しい再会♡と、わたしの心の話。【ただ生きていてほしかった】わたしの願いを思い出せた日。

昨日は、コース卒業生であるぼのぼのさんと、お話会メンバーで再会してきました♡
 
 
 
もう!!すっごく、すごくよかったです!!!
 
それぞれが日常で実践していることや、
受け取れたこと、学んだこと、感じたこと、具体的エピソードも交えて、
 
それぞれが勝手に自分のことをしゃべってるだけなんですけど(笑)
それだけなのに、聞いている方は勝手に受け取れて、
 
誰が話していても、「わかるー。。」「わたしも全く同じでした!」ってなったり、
「あ、そういうやり方もあるんだ!」「さっそくやってみます!」ってどんどん受け取って、
話している方も、それってどんな気持ちで?など質問されるうちに「あ!」って気付いたり、
 
無限に拡大していくものすごいエネルギースポットみたいな!
ほんと、あの場は何かを生み出していた!と思うのです。
ただのオンナが集うとすごいものを生み出せるんだなと。
めちゃくちゃ興奮しました…!!
 
わたしもたっぷり受け取って帰ってきて、
さっそく日常で実践したらまた新たな世界が見えてきた感じがしていて!
(やりたいと思ったら考えずにパッとやってみる、とか。
とにかく自分のことを最優先にして貫く、がもう一段深まり、かつ軽くなった感じ!)
 
ほんとすごい!!
語彙力がないのですごいしか言えないのがもどかしいですが、すごかったんです!
 
こういうことって、基本自分一人でコツコツやるしかないから孤独じゃないですか。
わたしたちは真穂さんの卒業生だからコミュニティに参加させてもらったりしているけど、
フォロー期間が終われば基本的にはそこからの人生、それぞれが自分で切り開いていくしかないことで。
 
それはもちろん「素の自分でいいんだ」って安心感をもって進むことで、
自分の日常がどんどん心地よくなって、
どんどんいろんなハッピーも受け取れるようになって、
そういう上昇気流に乗れていくことが一番大切なことではあるんだけど、
 
ときどきふと「本当にこれでいいのかな」「大丈夫ってわかってるけど、でも。。」ってなるときもあって。
それが、こうして実際に卒業生とお会いしてお話することで、
こっちでいいんだ、大丈夫なんだって思えて勇気をもらえるし、
人の実践した方法を聞いて新たな視点がパッと入ってきて、それも受け取れて。
 
あとは単純に楽しいので(笑)
でもほんとすっごく良い刺激になりました!
何がすごいって、みんなほんと「ただのオンナ」だったよ!
みんないい意味で自分にしか興味がない。笑
 
何かができるわけでもない、
世間に誇れる何かを得ているわけでもない、
ただ存在しているだけの、ただ生かされているだけの
ただのオンナなんだけど、
 
ちゃんと自分のその小ささをわかっていて、
弱い自分も小さい自分も、いろんな側面を持つ自分をどこまでもわかろうとして、
そんな自分をまるごと大事にすることが何よりも大切で、
どこまで「その自分」ひとつでハッピーに生きていくか、
「その自分」が望むことだけを最優先で貫くこと、
そのために周りを活用していくこと、
それだけを追求している。
 
だから、いい意味で自分にしか興味がないし、
いい意味で「他人も自分のために使う」。笑
そんなオンナの集いでした!あー楽しかったです♡
 
わたしもより徹底的に自分中心を実践しようと決める勇気をもらえました!
さっそく今日から、さらに自分の心地よいことを勇気をもって実践するぞ。
 
・・・と、これを書いている時に、さっそく嬉しいご報告がー!!!
すごいすごい!!やっぱりただのオンナが集うと相乗効果でどんどん広がりますね♡
 
わたしも今日は実験をしました!
以前のように「やらなきゃ」ではなくて、自然に向かえている感じです♡
こんな気持ちで研究に向かったことはなくて、なんだか新鮮で、嬉しいです。
 
ーーーーーーーーー
 
昨日、ぼのぼのさんたちとお会いする直前に、
前回のお話会からいろいろあったことを思い出しながら書いていて、
一つ大切なことが繋がった気がしたんです。
 
どうしてわたしはわたしになったんだろう、ということ。
 
以下、ぜんぜん関係ない内容ですが、わたしの心境です。
 
 
わたしが身につけていた鎧って、
 
強がり、意地っ張り、見栄っ張り、優越感持ちたがり、
人を見下して勝ちたい、
褒められたりすごいって言われることで自分の価値が高いと思いたい、
研究や勉強が「できる」ことで必要とされたい、
素直に本音を言えない、
常識で「これが良い」とされるものに必死ですがる、
みんなと同じでいることで安心する、
人に嫌われないか、捨てられないかを最優先、
 
でした。他にもいっぱいあるけどね。
 
なんでこんな重た〜い鎧を何重にも着込んで戦ってたのかなあって思って。
わたしはただのオンナに戻るために、
まずはこれらの鎧を叩き壊してその奥にある素の自分を見つめるところから始めた。
 
その奥の、
本当は繊細で弱くて怖がりで、傷つきやすくてビビりな自分。
本当はぜんぜん大したことない自分。
本当は素直に人に助けてって言いたかった自分。
本当は何もできなくても愛されたかった自分。
 
そっちで生きようと決めたから、
鎧はもういらない、もう捨てようって一生懸命捨てようとしてきて。
それでもこれまでのクセってやっぱりなかなか抜けなくて、
弱さをさらけ出すのはほんとうにこわくて、
 
何度も何度も元に戻りそうになってはハッとして、
また一つずつ鎧に穴を開けて崩していって。本当に少しずつ。
 
鎧は邪魔なもの。
でも、これらもまたわたしを守ってくれていたんだなあって、ふと思いました。
 
わたし、自己肯定感が全くないとバッサリある人にいわれた時に、
なんでそういうあなたになったと思う?って聞かれたんですが、
 
両親のせいだ、ってすぐ思って、また人のせいにしているなと思ったんですが、
 
違うよ。あなたが作ったんだよ。って言われたんです。
(↑の心の声は口に出してないけど、たぶんわかる人なので見えたんでしょう)
 
確かに、あなたの両親は決して褒められるような育児をあなたにしていなかった、
自分たちの都合に合わせるため理不尽に叱ってばかりで、あなたの寂しさにも目を向けず放置していた。
 
だからあなたはどうやって自分を守るかを必死に考えたんだよって。
 
子供って、9歳までは親の人生を生きるんだそうです。
親のつくった人生をそのまま押し付けられる。
それは誰しも平等なことであって、
そこで与えられるものが何かによって確かに人の資質は決まってしまうところもある。
 
けれど、そこから先は自分自身の責任なんだと。
だから人によっては親に反抗したり、自我に目覚めたりして、
だんだんと「自分にしかない自分という生き方」を形成していく。
 
じゃあわたしは?
わたし、実はそのくらいの記憶がほとんどなくて、中学生くらいからしか思い出せないんです。
 
「うーん、思い出せません。。」って言ったら、
「そうだよね、思い出せないよね、あなたは。」
「その頃までが一番辛くて大変な時だったから。」
「持ち出してまた傷つかないように自分で封じ込めたんだよ」と。
 
その頃のわたしは、親から自立する時期を迎えたけれど、
それまでに親から教えられたことが
 
「余計なことをすると罰を与えられる」
「何かをしたいと主張すると怒られる」
「失敗するとヒステリックに責められる」
 
だったから、
 
人生を能動的に楽しむなんてとんでもないことで、
人生とは希望のない、ただ苦しみから逃れることを必死に考えるだけのもので、
 
そのまま成長していたらあなたは今でいう鬱や精神病になって、命を絶っていたかもしれない。
 
だから、
 
わたしは、わたしを守るために、鎧で身を守ろうとしたんだって。
 
ただ、生きてほしかったから。
 
ただ、わたしを生かすために、なんとか生かす方法はないかと一生懸命考えて、
大きくて強い鎧で何重にも守り固めることで、なんとかそんなわたしを生かそうとした。
 
ああ愛だったんだな、と思いました。
わたしが邪魔だと思っていたこの鎧でさえも、わたしがわたし自身に向けた精一杯の愛だったんだと。
ただ生きてほしかったんだと。わたしに。
 
本当は最初から大丈夫でしかなかったんだなあ、
わたしは、その奥の方の本当のわたしに生かされてきただけだったんだなと、
そんなにまでしてわたしは守られていたんだと、
たくさん、与えられていたんだということ、
そういうことだったんだと、腑に落ちる感覚がしました。
 
今のわたしにもう鎧はいらないから、
引き続き根気よく捨てていくけど、
今まで守ってくれてありがとうと心からの感謝を込めて、
さよならしたいと思います。
 
自分が、なにか大きなものの意思で生かされているんだなと本当に感じました。
だとしたら、こんなわたしで生まれてきたことも、
両親がこうだったことも、
そこからわたしが決して良い思い出ばかりでないものを受け取ってきたことも、
そこから鎧で身を守り続けてきたことも、
ここでもう一度本当の自分と再会しつつあることも、
 
その本当のわたしが、何か大切なことを学ぶために必要なことで、
ちゃんと意味のあることなのではないか、と。
それがなんなのか、わたしの頭ではわからないけど。
 
そんな風に思いました。
だから、ますますこっちの自分に還ろうとまた思いました。
これでいいんだって、改めて思えて嬉しかったです。
 
今日はこんなところ。