始末に困る人

ちょっと仕切り直してみました

わたしの「在り方」。

今日(もう昨日ですね)は久しぶりに遠出してきました。

 

いろんな活動は今は一時停止していて、

ただ、ただ、

今まで走り続けてきた自分を一度ストップさせて、

あえて立ち止まらせている時期なのですが、

 

以前ご縁のあった方とお話が弾んで、その流れで行きます!と約束していたもの。

 

わたし、以前は好きな政治活動なら片道5時間とかかけて行けていたのが、

今はもう全然。。火が消えちゃったみたいに、

近所のスーパーに行くのもめんどくさくて。笑

 

今日も迷ったんですが、

東京だからまあそこまで遠くないのと、その人のお話がとても面白いのはわかっていたので行きました。

 

結果、

疲れた!!!!笑

ちょっと後悔しました。。^^;

でもやっぱりというのか、今の自分に響くものがちゃんと示されるんだなあって。

 

いろんな話を聞いたので、

ただのオンナ的に面白そうなところはあとで書きたいんですけど。

その、やっぱり今の私は「男女の遺伝学」に興味がフォーカスしてるからなのか、

なんかそういう情報がすごく入ってくるんですよね。

 

ああやっぱり男女平等なんてウソだわ、と思いましたよ。

男には男に、

女には女にしか、

できないことってあるんですよ。絶対に。

別に子供産むとかわかりきったことだけじゃなくて、

社会的な行動というか、仕事というか。

 

現代社会では女性もたいていの職業に男性と同じように就けるようになったけれど、

例えば自衛官や警官だって女性も活躍されているけど、

でもやっぱり現場のトップとか、

「責任をとる」「リスクをとる」のって絶対男性の分野なんですよ。

これ、根拠ないけど。絶対、わたしはそう思う。

 

女性って、「そういうところ」に命を賭けるようには、できてないと思う。

だからやっぱり、政治家もそうなんだけど、

人の命を預かるとか、部下の命や生活を引き受けるリスクとか、

経営者とか指揮官とか、そういうの。

男性の分野なんですよ。そういうふうになってる。

(もちろんそれが自然にできる、という女性も稀にいるのだとは思いますが)

根拠は?っていわれるとわからないけど。。そう思いました。

 

少なくともわたしは、話を聞いていて、

そういう実際に人が生きるか死ぬかのところで、

それも自分の命だけじゃなくて、自分の命令次第で大勢の部下や他人を危険に晒すかもしれないというリスク、

その緊張感や重圧は、ほんとうに想像もできなくて、

ただ、ただ、すごいなあと思うしかなくて。

 

そんなところで、わたしも何かできる、だなんて。

勘違いもいいところ。間違っても言えないなって。

だから、「ただ受け取るしかないんだなあ」って思ったんです。

 

わたしは、そういう人たちに、ただ守られるしかないんだなあ、って。

ただ守られて、

ただ与えてもらって、

ただ受け取るしかないんだ、と。

ただありがとうございますと感謝するしかないんだと。

 

その、「同じ土俵」で、わたしも頑張ってお返ししますね!!ってなるのは、

勘違いも甚だしいというか、傲慢もいいところだって思ったんですね。

 

彼らもそんなことは望んでいないというか、

これも女の私にはやはり完全には理解できないところもありますが、

 

彼ら男にしてみたら「ただ与えること」「ただ守ること」が仕事なんだと。

ただ大切な人に笑顔でいてほしいだけなんだと。

 

そのためなら命さえ賭けられる、それが「男性」なんだなあと。

こういう感覚は、わたしにはやっぱり完全には理解できなくて、

ただただ、すごいなあと。。(自分ができないので。。)

なんだかいろいろ感じ入るところがあって少し泣いてしまいました。

 

 

 

それで、帰りの電車の中でぼーっとしていて。

 

↑の話と全然関係ないのですが、

最近生理でナーバスになっているのもあるのか、

やたらめったらいろんなことが心配になるという時期らしく

 

〜〜っていう事態になってしまったらどうしよう、とか

〜〜が起こらないように今から準備したほうがいいのかも、とか

 

ノートに書いていてもずっとそんなことばかりで。

 

自分の本音を明らかに見るために書いているはずなのに、

どうしても途中から

「いかにこの不安な状態をいい方向へ解決させるか」みたいな、

なんか焦ってる感じになってしまって。

 

「ただ自分の本音を直視して認める」ことで「(見てくれた嬉しさで)自分が安心する、ホッとする」ではなく、

「今の嫌な状態を解決するため」に「不安に思っているその原因を明らかにする」みたいな。。

 

ここ、すごく微妙な違いで混乱しやすいんだなと気づきました。

この不安でモヤモヤする状態を、

ダメなものとみなして、否定して、早く解決しなくては!と焦る気持ち。

 

だから、どんなに書き出してもなんだかすっきりしなくて、

ホッとする「あの感覚」が薄くて、なんかずれてる、と思いました。

 

でも焦ってさらにさらに掘り下げようとして、

原因(のように見えるそれ)を出したつもりでも、なんか受け入れられないし、

「で?どうすれば解決するの?」ってなってしまって。

そのままの勘違いで「よしこうしてみよう!」って出してみても、そこで男性性の行動力を発揮しても、たぶん元がズレてるから意味ないんですよね。。

 

で、今日は1日遠出して疲れたし、

一生懸命原因探ししても疲れるし(この時はまだ「本音を明らめる」をやってると思ってる^^;)

もう頭で考えるの疲れた〜ってなって、書くのやめて、

 

もういいやどうでも。。どうせわたしはあれがこうなって不幸にしかならないんだ。。神様なんて嫌いだ。。

みたいにすごい感情的になって投げやりな感じでめそめそしてたんですね。

 

だからなのか、わからないけど、

「頭で考える」を放棄してハアーー。。と落ち込むに任せていたら、

ふと

・・・なんで、わたし、起こってもいないことを前提にしてこんなに不安を膨らませてるんだろう・・・

って思って。

 

こうして文字にしてみると、なんか当たり前だしいつも意識していることなんだけど、

その時はこの言葉がすごくスーーっと入ってきた感覚がありました。

 

そこからするするといろんな思いが出てきて、

 

わたしは、いつかこうなってしまったら。。っていう、

まだ何も決まっていない「いつかの未来」っていう幻を大事に握りしめてるんだな、

それを前提にして、一生懸命に今を犠牲にしてなにか対策しようとしてるんだな、

わたしはいかに失敗しないかってことで頭がいっぱいなんだな、

わたしは頭で考えすぎなんだな!!!!

 

って怒りとも呆れともつかない感情がわーっと出てきて。

 

なんというか、わたしの小さい頭で必死に予定調和ばかり考えてたんだなと。

なにかわかりやすいゴールを定めて(世間で「良い」といわれるようなもの)、

そこに自分の人生をなんとかコントロールして向かわせることで頭がいっぱいになって、

目の前のことが全然見れてないんだな、と思ったのです。

 

今、わたしの目の前にあるもの、

今、わたしが感じていること、

事実、今、わたしがそうである、ということ、

これを全く見失っていたと思います。

 

「いつかこうなるかもしれないから、今はこうしておこう」じゃないんだよ。

そうじゃなくて、なんていうのかな。。

今、どうしたいの?ってことなんだと。

その自分の気持ちも、見てあげられてなかったし、

今わたしが与えられているものも、見失っていたと思う。

 

それは、今持っているものを数えましょう、っていうあれではなくて。

同じなんだけど、ちょっと違う感覚でした。

 

たぶん、今にしかないから。

本当のことって、真実って、今にしかないから、だと思いました。

いつかの未来、っていう幻は「無い」んだと。

そこにフォーカスして、

ありもしない「いつか」を大事に握りしめて、

そこで自分が作り出した妄想に怯えて、

「今、自分にちゃんと与えられているもの」を無視して、

必死で「いつか」に振り回されている、

 

まさに自作自演なんですけど、

自分がそうなっていたんじゃないかとふと冷静な視点になりました。

ありもしない妄想に振り回されて、目の前を直視できてないというか。

 

うーん。。だからといって何、ということもなくて、

今日はここまで、だったんですけど。

ただ、そうやってわたしの頭で「こうなったらいいなストーリー」とか、

「こうなったら嫌だなストーリー」とか、

まあつくるのは勝手だけど、それ何の意味もないよ?って思ったんですね。

 

わたしがコントロールできる領域じゃないし、

そもそもわたし、そんな力ないでしょう。

なにかが「できる」とか、パワープレイで「未来を思い通りにしていく」とか、

そこからとっくに降りてるはず。

 

だったら、もう委ねるしかないのかなと。

うーん。。考えすぎていたというか、

頭で考えるんじゃなくて、一度そういうのを全部手放して、

お任せにしてみたらどうか、って思ったんです。

(疲れすぎていたせいもある。。。)

 

なんか、頭で考えてしかるべき準備をしておく、っていうのは

一見すごく保証があってしっかりしているように見えるけど、

もうわたし「そういうところ」の「そういう在り方」から降りたんだった。

「わたしがなんとかする」って次元からは脱落?したんでした。

 

だから、そういう保証や準備がないというのは、

やっぱりすごくこわくて、

どうなるのかわからない、

未知の暗闇に飛び込むような、

ただ起こる出来事に翻弄されていくしかないような、

あやふやさがあるように思えるけれど、

「ただのオンナ」って、でもそういうことなんだよなあって。

 

ただただ「自分」とともに在れば、

自分で自分を幸せにする、という在り方をしているなら、

「何がきてもだいじょうぶ!」っていう強さとはちょっと違うかもしれないけど、

(なんか、跳ね返すとか克服する的な強さではぜんぜんない)

ただ翻弄されて、ただ受け入れるしかない、

ただ受け取っていくしかない、

という在り方に戻るしかないのじゃないか、

もうわたしは「できる組」からは脱落したんだから、

そのお任せコースに委ねるしかもうないんじゃないかなあと

 

今日、「わたしはただ守られて受け取るしかない」と思えたことも、

なんだかここにつながっているような気がしてきて。

 

【なるようにならせる】っていうか。

言葉で説明するのが難しいけど、委ねるってこと。

保証がないのはとてもこわいことだけど、

あえて委ねる。そのまま流してみる。

 

思考であれこれ悩んだりコントロールしようとせずに、

ただただ、自分で在る、という在り方の上で、

起こることは起こるままに、そのままに。

だからやっぱりいつも戻るのは自分。

自分の、感覚のほうなんだなあと。やっぱりわたしは女だから。

 

感覚的なことなので言葉にするのがむずかしいのですが、

今日はそんな感じになったので!

 

こんなところです。