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始末に困る人

背伸びしないで、かっこつけないで、素直に生きてみる

ひとつ答えが出ました。わたしのかなりエグい本音。

こんにちは。

 

最近ずっと落ち込んでいて、

この世の終わりみたいな顔で過ごしていたのですが、

 

昨日、ひとつ自分なりの答えが出たので、記録します。

 

衝撃的な本音が発覚してしまって、

たぶん、私が最も見たくなかったやつ。

(毎回こう言ってる気がしますが)

 

 

私としてはかなり恥ずかしい話なのでブログに書いていいのか迷いましたが、

そもそもそういう自分を放つための場だったはずなので、書きます。

 

好きな人にはフラれてしまい、

大学の卒業も危うく、

真穂さんと出会って半年もたつのに

自分を明らかに見ることさえできず、

調子に乗っては叩かれて

 

すべて自業自得であることが今回ばかりは嫌でも体感せざるを得ず、

自分を責めてる自分にさえ優越感を感じようとしている自分に気付いては絶望し、

 

ただ傷口に塩を塗り込むように過ごしていました。

 

痛さも苦しさも、惨めさもそのままに。

 

そんな中。

なぜか急にお墓参りに行きたくなったんです。

なぜか急に。

 

私、実家のいろんな事情で父方のお墓参りには10年くらい行ってなかったんです。

場所さえよく覚えてない。

 

でも行きたい。

行きたい。

どうしても行きたい。

 

いても立ってもいられず予定を全部キャンセルして地元に帰りました。

 

おじいちゃんのお墓。

ご先祖様のお墓。

仏壇に手は合わせてたから、お墓まで行かなくてもいいやとか、

 

目を逸らしてた。

見たくなかった。

 

放置されたお墓はボロボロで。

汚れていて。

ごめんなさいと、泣きながら掃除をしました。

私の手でできることなんてたかが知れてるけど一生懸命きれいにしました。

 

おじいちゃんは私が生まれるずっとずっと前に亡くなっているけど、

なぜか一番身近に感じる人でした。

私は霊感とか全くありませんが、おじいちゃんが近くにいるみたいで。

なんか嬉しくて。

たくさん話をしました。

 

大学のこと。

大好きな先生に出会えたこと。

がんばって勉強したこと。

 

やりたいことを見つけたこと。

怖くても動いたこと。

少しずつ自分を大切にしようとしてること。

 

好きな人のこと。

出会えて嬉しかったこと。

こんなに好きな人たちに出会えて、

素敵な人たちに囲まれて、

 

私は幸せです。

 

生んでくれてありがとう、

生かしてくれてありがとう、

この世に生まれてこられて幸せですと

手を合わせました。

 

ほんとうに自然とその言葉が出てきて、

他になにもいえなかった。

 

 

その日はそのまま帰ったんですが、

帰ってきて次の日に生理になったんですね。

 

私は生理中はお寺とか神社に行かないようにしてるので、あ、今きたかーと思ったんですが、

 

ふとその瞬間、

 

ああそうか、と思いました。

 

これが私のいのちなんだ。

 

言葉でうまく言えないんですけど、

いのち、ということがすごくわかった感覚があったんです。

 

ここにみんな生きてる、と。

ご先祖様、

おじいちゃんおばあちゃん、

両親、

すべてのいのちが

わたしなんだ。

わたしに在るんだ。

 

性のことはわたしにとって本当にタブーでした。

初潮がきたとき、何かものすごく自分がいけないことになってしまった、というような感覚がありました。

それは母親の言い方だったかもしれないし、

家族とか周りの対応だったかもしれないし、

テレビや学校で教わった内容かもしれないし、

男子にからかわれたとか、

たぶん、そういうちょっとしたことが積もり積もって。

 

もともと女であることを否定しながら生きてきたから余計に、

排卵期、生理、

妊娠、出産、

ということに対して

ものすごく抵抗があったのだと気づきました。

否定して見ないようにしていたのだと。

 

自分の体にそういう仕組みが「存在している」ことを、

認めたくなくて、

なんか汚いような、いけないことのような気がして。

素直に認め受け入れることがずっとできてこなかったんだと思います。

 

真穂さんを知って布ナプキンに変えたけど、自分を明らかに見てないからそこに気付けてなかった。

 

この前、女でありたい、と望みを自覚したけど、

今回生理になって、その事実をただ明らかに見たら、

 

女でありたい、というわたしの望みがさらにリアルに降りてきた感覚があったんです。

 

あ、そっか、

わたしは子供を産みたいんだ。

 

という思いが。

 

恋人ほしいな、

結婚したいなってことでさえ

なんだかいけないことのような気がして、

恥ずかしくて認められなかったのに。

 

そこの、さらに奥のほうです。

エグくてグロいとこ。

きれいごとで隠せないから、

ようするにもう本能です。

一番強く抑圧されてたところ。

 

もう身も蓋も無い言い方するとこういうことです。

わたしは子供を産みたいんだ。

わたしは好きな人の子供を産みたい。

それも「優秀なオトコ」の子供を産みたい。

 

だって実際生理がきていて、女の体は子供を産むようにできていて、

わたしはそれを心も体も望んでいる。

 

すごく見たくなかったところ、

もうすごい大罪みたいに感じてる。

こんなこと言い出した自分がもうどうかしちゃったんじゃないかと思う。

でも事実、それをわたしは望んでる。

だからそれをただ認めます。

 

子供を産み育てたい、という女の本能を、わたしは何よりも抑圧していました。

ここがかなり大きかった。

男と女のこと。

いのちということ。

 

やっぱりわたしは女で、

自然にそのまま本能的に女でありたい。

というか、もともとそうであること。

子供を産み育てるようにできていること。

いのちの繋がりをわたしはいただいていること。

おじいちゃんはもう死んじゃったけど

わたしはいまここにいて、みんなここにいる。

すべて循環していて繋がっていて、

そういういのち、豊かさを、愛や喜びを、

わたしは拡大したいんだ。

 

拡大したい。

 

その望み、それをただ認めました。

 

今日の話は書くか本当に迷いました。

ものすごく恥ずかしいです…

でも事実なので。

それに、明らかにしたらそんなに軽薄とか思いませんでした。

子供を産みたいって自然な気持ち。

すごく尊くて大切だなって。

 

 

今日はこんなところです。

週末また出かけていて、携帯からで読みにくかったらすみません。

生理で、こんなことも明らかになりなんだか頭がボーッとしていてすごく変な感じです。

いつも生理中もそんなに普段と変わらないはずだったんだけど、今回はすごく体の変化がリアルです。

週末は、何かありそうな気がするなあ。

 

また報告します。

では。