始末に困る人

ちょっと仕切り直してみました

生まれて初めて、本当の感謝の気持ちがわかった気がしました。

真穂さんが私のメールを取り上げてくださいました。

 

santasantasan.hatenablog.com

 

 

ありがとうございます。

 

ここ何日か、真穂さんがいうところの「絶望期」なのか、

すっきりしない気持ち悪い不安定な日々。

 

今までにこういうこと何度もあったと思うんです。

 

真穂さんにバチコーンとやってもらえて

あいたたた・・・ってことや

ノートに書き出して、あ!これは!って、

私はこう思っていたんだなあ!ってハッとする瞬間とか

 

何度もあったはず、

何度もあったはずなんですが、

 

なんというのか、言葉にできないんですけど、

 

今回は本当に深くて大きくてはっきりしない、

いつもの私がやっていた

「これこれこういう原因で、今こういう状態なのね私は」

というプロセスができないんです。

ほんとにぜんぜんわけがわかんない。

 

自分の究極の中心にまで

外側を全部ひっぺがされたような、

いやひっぺがすと決めたのは自分なんだと思うけど、

 

人が周りにいないときは

ただ泣いて、

ぼーっとして、

私は、なにもないんだ・・・

なにもできないんだ・・・

良い悪いじゃなく、ただそうなんだ・・・

と噛み締めて、

伴う痛みも惨めさもただ噛み締めて。

ただ感じて。

 

わかりやすい癒しとか

誰かに何かを言ってもらって慰めにするとか、

何かを拠り所として「そうかもしれないけど、でも!」とか

外側の何かを都合よく持ってきて「だから仕方ないの!」とか

 

↓例えば

(余談ですがこの言い訳リスト、

あまりにもスラスラ出てくるので自分でも恐ろしくなった・・・)

 

・美味しいものを食べて、辛いことは忘れちゃおう♡

・今やるべきことから逃げちゃおう。辛いから仕方ないよね。

・友達と愚痴ってスッキリ!あいつが悪い!社会が悪い!

・好きな人にフラれて辛いんだから!私だって大変なの!

・両親が〜〜だったから!

・周りの環境が〜〜だったから!

・あのときのトラウマがあるから!

 

いくらでも「言い訳」はあります。

薄汚い。醜い。言い訳なんていくらでも持って来れる私。

 

あるのはしかたない、

あるのを否定してもしかたないので、

 

ただ、明らかに見て。

言い訳したくなる自分も。

その上で、

 

「なんとかしよう」とするのをやめています。

 

気を抜くとすぐ、いつもの癖なのか

「なんとかこの苦しみを紛らわそう」

「どうにかして早くここから抜け出そう」

とする力が働いてくるので

それを意識的に「そういうの今いいから」と拒否しているという感じ。

 

自己満のブログだからただ書いているけれど

本当にわけがわからなくて

でもなんとかしようともしていない。

 

ただそのまま、

ただ生きている

 

なんというか、

 

良い、悪い、

正義、悪、

上、下、

正しい、間違ってる、

優れている、劣っている、

優越感、劣等感、

羨ましい、卑屈、

私なんか、私だって、

あの人の方がすごい、

私の方がすごい、

私の勝ち、私の負け、

 

そういうものが、

在ると思う、

そりゃ在るんだけど、

でも、

在るんだけど、無いんです・・・

 

なんていったらいいんだろう。

 

意識的に

「そう思わないようにしよう」とか

「そういうものから解放されよう」とか

「それを気にしない自分になろう」とか

 

〜〜しよう、

 

というのがなくて、

いやそういう自分も確かに在るんだけど

それを冷静に淡々とただ見ている自分がいる、というか・・・

 

ただそのままで在る、というか・・・・

 

なにか、哲学的なこととか

スピリチュアルなことを言おうとしているんじゃないんだけど

そうとしか言えないんです。。

 

気持ち悪いのも確かですが

なんとかしようと思ってないので

何もしていません。

 

 

それを捕まえてジャッジしよう、とはならなくて、

流れるままに流していて、

肯定も、否定もしない。

そんな汚い自分も受け入れられる器の大きい自分になろう!とかもない。

できないので。

本当にできないので、わたしは。

謙遜とか卑屈とかそういうレベルじゃなくて、

なんというか、ただ本当にそうなんです。

 

本当のことを本当だというだけで、

どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 

好きな人に対しても

私は勝手に負けに行ってた。

勝手に卑屈になって

勝手に落ち込んで

勝手に嫌な気持ちになって

勝手に「でもあの人だってよくないところもある」とか

最後には好きで大切な人のことさえ悪者にして

 

やめよう、

悲しくなるから。

そうじゃないから。

本当はそうじゃないんだ。

本当はそんな勝った負けたの世界なんかじゃない

本当は

あの人の方が上とか

私が負けてるとか

私が望んでるのはそんなことじゃない

ただ純粋に

好きだから好きで一緒にいたいと思っただけ

 

そういう強がっていた自分が握りしめていたもの、

そういう何かを脱いで、

私を何重にも守ってくれていた外側のたくさんを脱いで

捨てて脱皮したような感覚

 

ただそのままで、突きつめて、

私という円の中心へ、もっともっと奥の一番真ん中へ

何かを足さないで何かを隠さないで

ただそのまま

生まれ持ったものだけ

生まれたままの姿で

ただのいのち、

私はそう在りたいと思った。

  

どうしてそこまで外側を固めて守ろうとしてきたのか、

どうして勝ち負けにこだわるのか

どうして優越感を感じて人を見下したいのか

どうして「勝ちたい」のか

 

そこまでしないと守れなかったから。

そんな大変なことまでしないと守れないと思ってきたから。

とてもじゃないけど、

そこまでしなければ

本当は繊細で傷つきやすくて弱い私を

本当の弱いただの私を

守れないと思った。

 

私は。

 

だから、

一生懸命、こんなになるまで、

こんなボロボロになるまで、

必死で、何年も何十年も

私は、

私を守ってくれていたんだよね。

 

ありがとう。

本当に、ありがとう。

 

もういいんだ。もう終わりにする。

 

何かを望むほどにそれを持っていない自分が惨めで

手に入れた何かを振りかざして人を見下すほどにそれを失う恐怖に怯えて

 

もうやめる、「わたしすごい」をやめる。

 

もうそんなもので守らなくても大丈夫だから

大丈夫だって、真穂さんがこんなにも全身で示してくれたから。

大丈夫。

 

全部自分だった。

私は本当の私に会いたかった。

ただそれだけ。

本当の私を見つけたかった。

忘れていた、隠していた、見ないように押し込めていた

ただのそのままの本当の私

私は本当の私を思い出したかった

ただの自分に戻りたかった。

 

ただそれだけ。

いまのきもち。

 

生まれて初めて、

自分に出会って、

やっぱり一番言いたいこと、

 

ありがとう。

 

ずっと一緒にいてくれてありがとう。

守ってくれてありがとう。

これからも、私と一緒に生きよう。

ただの女、ただの繊細で傷つきやすくてもろくて弱い

素直で可愛い、本当のわたしで。

 

ありがとう。

 

大好きな真穂さん、

先週お時間とってお話してくれた素敵なMさん、

勇気をくれたぼのぼのさん、

私と出会ってくれたみんな、

私を支えてくれている大学の人たち、

大好きな友人、

人を好きになるという素敵な気持ちを教えてくれた人、

大切な気持ちを思い出させてくれた人、

私に希望を見せてくれた人、

動くきっかけをくれた人、

優しさをくれた人、

出会ってくれた人みんな、

生んでくれた両親、

 

すべての人、すべての世界。

いつも一緒にいるわたし。

 

ありがとうとしかいえません。

ただただ、ありがたいです。

 

 

 

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