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始末に困る人

背伸びしないで、かっこつけないで、素直に生きてみる

地元と家族のこと。

 

あけましておめでとうございます。

しばらくネットから遠ざかってましたがまた戻ってきました。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

お正月は実家に帰って、1年ぶりにテレビを見てました。

うちにはテレビないので、実家に戻った年末年始の第九およびニューイヤー駅伝が唯一見る機会。

 

地元の群馬テレビも映るんですけど、何気なく見ていたら、

「群馬の近代化〜明治産業革命から大正、昭和へ〜」(タイトルうろ覚え)

という群馬の歴史を振り返る番組をやってたので見入ってしまいました。

 

世界遺産に登録された富岡製糸場がやっぱりクローズアップされていて、

製糸業とともに発展してきた経緯が詳しく紹介されていました。

 

でも一番おもしろかったのが、初代群馬県令の楫取素彦のくだり。

吉田松陰との関係も深く、大河ドラマでもやってたので有名になりましたよね。

 

近代群馬の礎を創ったと評される楫取素彦の業績は色々あって、

私も全部は詳しく知らなかったんですが、

一番感銘を受けたのは、群馬の教育振興に力を入れていたということ。

 

修身説約という教科書の編纂を進めたり、徳育教育を特に重視していたようです。

学制の公布に伴って小中学校の建設とともに就学率の向上にも努め、

「西の岡山、東の群馬」と言われるほどの就学率を誇ったとか。

ちなみに前橋にできた「厩橋(うまやばし)学校」はマエバシの語源ですね。

さらにさらに、この時期に開校した桃井学校は終戦時の内閣総理大臣鈴木貫太郎の出身校でもあります。

 

また教師の育成にも力を入れ、群馬師範学校の設立や高等教育の充実化にも尽力した。

この群馬師範学校がのちの群馬大学

 

なぜ私がここに感銘を受けたかというとですね、

私の祖父は二人とも群馬師範学校の出身なんです。

 

父方の祖父は終戦後まもなく戦時中の傷が原因で亡くなってしまったんだけど、

祖母が残された家と子供達を守り、そのおかげで私が生まれることができた。

 

私、前の記事で、家族との関係があまりよろしくなかったという話をしましたけど、

 

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

自分でもなぜかよくわからないんですけど、久しぶりに実家に帰って、

なぜか祖父の話を祖母から聞かなくちゃ、って思ったんです。

なぜか?自分でもわからないんだけど・・・

 

どうして今まで聞かなかったのかなあ。

どうして今なんだろう。

最近の「自分回帰」の流れのせいかもしれないけど、よくわからない。

 

こんなに長い時間祖母と向き合って語り合ったのは初めてかも知れない。

というか私が逃げてただけだな。結局自分だ。

少し動くだけでこんなにも見えるものが違うのかと思った。

 

祖母から、いろんな話が聞けました。

私、もう書くのも恥ずかしいんだけど、どんだけ歪んだ眼鏡で世界を見てたんだろうって思いました。

祖母はちょっと変わった人で、気が強くて頑固で。

母のことも嫁いびりしてるように見えてたから、私はこの祖母が嫌いだったんです。

私や兄の育て方についてすごくうるさく口出してたの知ってたから。

 

久しぶりに対峙した祖母は、やっぱり気丈で変わった人だったけど。

私が元気に過ごしていてくれるだけで嬉しい、と涙を流していました。

私の母は仕事していたから祖母が面倒みていてくれたんだけど、

孫達に万が一のことがあったら、事故や事件に巻き込まれでもしたら、

死んでもお詫びしきれないから、だから母に仕事を辞めてほしかったのだと。

 

いろいろ口出していたのも、私が女としてしっかり生きて行けるように、

必要な教育や進学のことをすごく考えていたから。

そりゃ母にとってはうるさい姑だったのかもしれないけど、

そのおかげで結果私はこうして大学まで出してもらえて、

大学院に進学できるまでになって、好きな勉強させてもらえている。

 

私が幸せでいてくれるだけで嬉しい、それだけで十分だって

そんな風に思ってくれる人と私は人生でいったい何人出会えるだろうか。

 

私が本当に想うべき人って、

大切にするべき人って誰なんだろう。

なんで私は、

私を傷つけたり私にとってたいして重要でもない人に

心をとらわれて一生懸命気に入られようとしてるんだろう?

なんでそんな人達の言うことをいちいち気にして、

そんな人達を一生懸命大事にしようとしてるんだろう?

 

家族が第一!他人は二の次!ってことを言いたいわけでは全くないです。

ただ何て言うのかな、やっぱり家族、ご先祖様、というのは

自分という存在から切り離せないし、結局はそこが原点なんだと思いました。

どんなに嫌ってても、どんなにうっとおしくても。

 

そこをおろそかにして「自分を大切」なんてあり得ないと。

無理矢理感謝しろってことではなくて、事実がそうだってことから

目を背けてごまかしてはいけないんだなと思った。

 

2017年はやっぱり何かある。

ますます加速していくんだろうなという予感がしています。

いろんなことがめまぐるしく変わっていってる。

すごく落ち着かない、落ち着かないんだけど、きっとそこに飛び込みたいんだ私は。

 

もう怖いとか人にどう見られるとか、そんな所で立ち止まってる場合じゃない。

人の目を気にして、人に合わせて、

いい学校、いい会社に入って、優等生を演じて、

そういう「正解とされる生き方」はもうやめます。

「正解とされる生き方」から取り残されないように、

ビクビクしながら自分を押さえつけて生きるのはもうやめる。

 

ここまで「正解とされる生き方」で生きてきたのに、ちっとも幸せじゃなかった。

もう十分です。もううんざりです。もういいです。

この「正解とされる生き方」で得られるものはもう私にはないです。

もう終わりにします。

 

なんか、よくわからない年頭所感みたいになりましたが、

2017年は私、やりますよ!

何かはわからないけど何かやります!

直感に従って飛び込みます!

全く、何がどうなるか見当もつきませんが、

できるだけリアルをブログでも綴っていくつもりなので、

今年もどうぞよろしくお願いしますね。

 

 

 

しかし、なぜ長州藩士だった楫取素彦がわざわざ上州(群馬)まで派遣されたのか。

当時は幕末〜明治維新という激動の時代にあり、まだまだ地方を平定するのに中央政府は苦労していたそうで。

 

で、そんな中でも、反骨精神が強く荒っぽい気性の上州人を治めるのに特に苦労したらしく、楫取素彦が見込まれて群馬に渡ったんだとか。なんかすいません。

確かに群馬人は気性が激しい一面があるかもね。人情に厚いということでもあるけど。

 

率直でまっすぐで、一度決めたら何事にも全力投球で、

人にも自分にもうそがつけなくて、義理人情に厚くて、おせっかいで人が大好き。

はいこれ私です(笑)

やっぱり群馬県民だな。

 

楫取素彦つながりで、山口県荻市に行ってみたくなりました。

松陰神社もあるし、私の好きな偉人は長州人が多い。

乃木希典もそうだし、伊藤博文久坂玄瑞高杉晋作

安倍晋三内閣総理大臣も長州人なんだよなー。これは山口に行かねば。

 

今日はこんなところです。

ではでは!

 

 

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