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始末に困る人

言い訳しない、逃げない。まっすぐ志を持って、自分の人生を生きる。

現実を明らめるということ

 
真穂さんが口をすっぱくして言っている、
「明らめる」という行為。
 
真穂さんって誰?という方はこちら↓
現実を明らかに見て、認める。
 
私はこれの意味が最初、
どうにもちんぷんかんぷんで、
は?ちゃんと見えてるよ?
って思ってまして。
現実って、
私はこれこれこういう環境にいて、
学生で、進路に迷ってて、
あと好きな人がいて、こういう関係で、みたいな
 
でもそれほんとに見えてたのか?
 
例えば、
私は好きな人ができても
自分からは何もできなかったんだけど、
何が怖いって現実を突き付けられること。
 
いま付き合ってる人はいるのか
私のこと女性としてどう思うか
 
彼女いるのー?ってハッキリ聞いてもいいし
デート誘っても来ないなら察してねってことだし
 
そうやって「小さく動いて」
あーなんだ彼女いるのねとか
私のことはただの友達としてしか見てないんだとか
 
明らかに見るって、
ただそんだけのことなんだと思うんですけど
 
言うは易し、行うは難しとはこのこと
 
私はぜんぜん現実見えてなかった。
というか分かってて見えないふりしてました。
 
自分から何も動かないくせに、
相手の言動の端をいちいち拾って、
ちょっと優しくされたからって
私のこと実は好きなのかな?とか
こういう行動するってことは私に気があるよね?とか
 
あああ痛い!はずい!
思い出すだけで変な汗が出てきます
わたし全然現実見えてないじゃん!
 
で、現実を受けとめきらないと、
明らかに見て、認めないと
そこから「決める」ことができないんです
 
妄想から創ったふわふわ認識。
(わたしの場合は「もしかして好かれてるのかな?」
というふわふわした希望)
を、もとにしてると、
ほんとうの「決める」ができない。
 
妄想に基づいてると、
「いつか告白されるはず」
「私が動かなくても向こうからくるはず」
とかさらなる妄想で塗り固められていって
 
で、当然そんなわけないので、
相手がちょっとでも期待通りに振る舞わないと
気に入らなくて不機嫌になるんです。
それで勝手に落ち込んだり悲しんだり。
 
めんどくせー女だな。
さらにめんどくさいのは、
現実を明らかに見る、をしてないので
ちょっと落ち込んだりする
自分にも酔ってて、
切ない片想いするわたし、みたいな。
とにかく妄想から抜け出せない。
 
いや、わかってるんです。
わかってたと思います。
自分が妄想に浸って逃げてることくらい。
現実を見なきゃ進めないってことも。
でも「現実を明らかに見て」しまったら、
もう逃げられないんです。
 
妄想のぬるま湯に浸って
いい気分でいることがもうできないんです。
痛くて傷つくかもしれない。
だから「怖い」を言い訳にして逃げる。
 
でも逃げ続けて、その先に何がある?
仮に本当に相手に好かれてて、告白されたとして。
妄想癖は治ってないから、
ちょっとでも自分の妄想世界の理想と違ってたら
相手を責めたりしたんだろうな。
それで勝手に落ち込んだりしたんだろうな。
 
「現実を明らかに見る」
ここからしか始まらない。
私のことは、友達としてしか見てないんだ。
これは痛いけど、
でも事実なのだから仕方がない。
 
明らかに見て、受けとめたら、
そこから何を選ぶのかを
自分が決められる。
 
「じゃあ諦めます」でも
「それなら友達としてもっと仲良くなる」でも。
 
選択肢が自分に降りてくる。
私もそうだった。
心は痛くて仕方なかったけど、
自由だと思った。
 
妄想にとらわれて、
相手の出方をじっと待って悶々としていた日々は、
楽しくもあったけれど
たまらなく不自由で。
自分の選択肢を相手に委ねていたから。
相手の出方次第で自分を決めていたから。
 
動かない苦しみの方がずっと大きい。
それが自分のこととして
抜き差しならないところまで実感できたとき
一歩踏み出せるのだとおもう。
 
だから苦しむのも絶対に無駄じゃない。
わかったら、
「小さく動いて」
「現実を明らかに見て」
「決める」
「そのためにできることを」
「また小さく動く」
結局これの繰り返しでしかないんだなー。
 
そして、私が主体的に動けるということは
相手にも自由を与える行為だと思う。
 
私がふわふわ妄想で相手の出方次第だったとき、
相手のことも不自由にしてる。
私が何も自分で決めてないから、
ちっとも現実を見ないでふわふわしてるから、
相手もどうしていいかわからなかったんだろうな。
 
不安とか怖い状態にあぐらをかいてないか。
辛い、苦しいといいながら
そこに居続けることに心地良さを感じてないか。
動かない言い訳にしてないか。
 
気を抜くとつい戻ってることもしばしばで、
その度に「ハッ!」とすることもあり、
でもそこには戻らないぞ!と
ぐいっと意識を持ち上げることが
「自分を大事にする」につながるんだと思う。
 
今日はそんな考察をしてみた。