読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

始末に困る人

言い訳しない、逃げない。まっすぐ志を持って、自分の人生を生きる。

どっちを選ぶか

 
突然ですが、
何かを選ぶときって、何を基準に考えるでしょうか?
 
自分を尊重できるかどうか?
 
 
私事ですが、いまちょっとした選択を迫られています。
 
論文を書かなければ卒業できないのだけど、
私はどっちなの?
 
学位が、欲しいのだろうか。
なくてもいいのだろうか。
イムリミットがどんどん迫ってくる。
 
欲しい、と認める。
でもそれって、ただの肩書きとして見栄張りたいだけでしょ?
と自分につっこみ。
 
じゃあなくてもいい、勉強がんばりたくない、と認める。
でもそれって、ただ怠けたいだけじゃない?本当は欲しいんじゃない?
と自分につっこみ。
 
これをぐるぐる繰り返していたんですが、
今日こんな結論を出しました。
 
「今はわかりません」
「それよりもいま自分が向かいたい対象に本気出す」
 
卒業できるかどうかの瀬戸際、
そんなの長い目で見れば同じ!と思えなくもないけど、
けっこう大きく人生の岐路が分かれようとしているときだとは思う。
だから、「どっちを選ぶの!?」と、
必死になりすぎて、そこハッキリ決めなきゃ!と追いつめ、
結局どっちにもつけず、
勉強を頑張るでもなく、すっぱり辞められるでもなく、
ただ時間だけが過ぎる日々。
 
転機が訪れたのは先月くらいから。
失恋とかいろいろ重なってどうにも苦しくて、
何でもいいから気を紛らわせたくて。
大学院に行く時間を最小限にして、ひたすら
「やってみたかったけど諦めていたこと」を少しずつ始めた。
 
 
私は教育に興味があって、
一人一人が自分の頭で考えること、
自分と向き合って本当の想いや志を掴むこと、
自分を尊重する生き方にシフトしていくこと、
そういう意識改革を老若男女問わず広めたいと思っていて。
 
書いてて気づいたけどこれまんま真穂さんのセッションじゃないですか
私はカウンセリングという形にはさほど興味がなく、
学校とかもうちょっと大きな規模のイメージがあるのですが、
目指す方向は同じみたい。
 
 
これまでは、ボンヤリと
「できたらいいなあー、でもできるのかなあー」だったのが、
ここへきて
「どうやったらできる?どんな取り組みをしてる人がいる?」と
取り憑かれたように調べ出し、
調べてみればそういうことしてる人は意外とたくさんいて。
いろんな人が、いろんなアプローチで、いろんなことしていて。
 
不思議なことに、そこに意識を集中していると、
「そうそうこれだよ!この人たちと同じこと、私も思ってた」
と思う人や組織に偶然巡り会ったり、
 
「この人の活動、いいな、会ってみたい」
「この団体の取り組み、もっと知ってみたいな」
と思ったタイミングで、
ちょうど会えるイベントとか、無料体験会だのが開催される、
といったことが立て続けに起こりまして。
 
でもまだなんか引っかかっていて。
学位とるの?とらないの?
の二者択一が、いっつも追いかけてきて離れなくて。
出かけてるときも、こんなことしてる場合じゃないのでは?
論文書き進めた方がいいのでは?
とりあえず学位とってから落ち着いて取り組むのもいいのでは?
とか、考えてしまっていて。
 
しかしそんな状態で無理矢理机に向かったところで、手は動きません。
その間も刻々と時間は過ぎていき、
どうしたいんだよ私は!?と発狂しそうでした。
 
迷ったら、
基本です。
 
大切なことは、
大切な自分を尊重する生き方をすることです。
 
私にとって自分を尊重するとは?
 
いま私が向かうべきものって何だろう?
 
一人一人が自分の頭で考えること、
自分と向き合って本当の想いや志を掴むこと、
自分を尊重する生き方にシフトしていくこと、
そういう意識改革を老若男女問わず広めたい
 
向かいたいのはここ。
だから、こういう活動を調べたり人に会いにいったりするのが
ドキドキしながらもワクワクが止まらなかった。
 
その瞬間、たしかに私は「自分で自分を満たしている。」
 
いま、そこへ向かいたい衝動がある、
時間も労力も、物理的にはある(忙しいなんて言い訳)
そこに時間と労力を投資してる。
それこそが自分を尊重する行為ではないか?
だとしたら私はこれでいいじゃないか。
 
想いは、リアルタイムだと思ってます。
いましかない。
今授かった想いは今しか掴めないと思ってる。
後でやろう、
この面倒ごとを片付けて落ち着いてからゆっくり、
と思っているうちに、
「その瞬間」生まれた想いはどこに行ってしまうんだろう。
もう二度と掴めないのではないか。
 
私は「どっちを選ぶか」に固執しすぎるあまり、
「いま向かいたいもの」を見失っていたらしい。
 
もちろん「決められない苦しさ」も自分なので
苦しいからって消そうとはしたくないです。
「どっちも選べなくて苦しい自分」
それも自分。大切な自分の気持ち。
でも、そこにとらわれて動けなくなることは、
余計に自分を閉じ込める行為だ。
 
「苦しいからしかたないんだよーー!!!」
と、サボってゴロゴロしたりする時期も経験しましたが、
なんか違った。
 
休んでゴロゴロすることで心から満たされるならいいけど、
私はそうじゃなくて、焦燥感ばかり募って仕方なかった。
 
出会えていたかもしれないいろんな可能性を
そこで閉ざしてしまっていたと思う。
そしてそれは「いま向かいたいもの」が確かにあったからだ。
それを無視して、休みたいから休むのー!としていても
満たされないのは当然だよなあ。
 
私にとって、本当に大切なことは
「どっちを選ぶか」の答えを出すことじゃなかった。
 
今出せなくてもいい、
それより向かいたいものがあってそれを見つけた。
選べない宙ぶらりんの状態は苦しいけど、
それでも、わたしはこっちへ向かう!
 
もっともっと、こっちの方(政治とか教育活動)へ
向かっていこうと思いました。
これだ!これをやるぞ!っていうのが、
きっとこっちにあると思うんです。
 
それをやっていくうちに、
「どっちを選ぶのか」の答えも自然と出ると思う。
結局時間切れで諦めざるをえなくなるとか、
やっぱり学位があった方がいいから取るのかもしれないし、
どうなるのかわかんないけど。
 
今日はそんな自分の気持ちが明らかになりました。
 
行きたいイベントを入れまくったら
かつてないほど週末が予定でいっぱいでして、
でもワクワクしている自分もいる。
周りが次々と進路を決めていく中で、
取り残されるような恐怖も在るけれど。
 
本当は不安まみれで、怖くて、泣きそうだけど。
頭で考えだせばぐっちゃぐちゃで、訳わかんないけど。
全然かっこよく要領よくなんてできないけど。
 
もう自分に嘘つくなんて嫌なんだ。
大切な自分を尊重しない生き方に甘んじるなんて嫌なんだ。
だから小さくても動きたい。
ほんの0.0001ミリでもいい、
人が見たら笑っちゃうような歩みでも、
昨日より先へ進みたい。
一つ一つの想いを丁寧に掴んでいきたい。