始末に困る人

背伸びしないで、かっこつけないで、素直に生きてみる

家族と、故郷と。自分を育ててくれたものたちへの感謝の先にある「自分が好き」

IDでお分かりのように

私は生粋の群馬県民です。

ぐんま大好き。

 

巷ではグンマー王国とか言われてますが(笑)

そんな絶妙なダサさをも包括し、笑いに変えてしまう我が群馬!

いやでも実際住みやすいんですよ。

 

台風に対するバリアー張られてるし(被害が少ない)

気候は温暖で(夏の猛暑および冬の強風を除く)

近郊施設にはほぼ駐車場完備(ただし自転車に人権はない)

特に変わった方言もなく(でもマエバシの発音が標準語だと迫害される)

 

とてもいいところです。

でもそんなグンマー王国民の私も

昔は地元が嫌いでした。なんせ田舎なのでね。

都会に憧れてたんですね。

 

子供の頃からバリバリにひねくれていた私は、

こんな田舎に生まれたからだ・・・!

もっとオシャレな都会に生まれていれば・・・!

とか考えてました。

無い物ねだり半端なかった。

 

自分の生まれ故郷に誇りが持てないということは、

巡り巡って自分に対するなんとなくの劣等感を生むのです。

高校生の頃、初めて東京に遊びにいったとき、

都会の人たちが皆私をバカにしてるような気がしたものです。

田舎者だっせえ!みたいな。(ひどい偏見ですが笑)

 

こう思わせていたものは、

「自分が属するものに対する誇りの持てなさ」

それに付随する「自信のなさ」。

 

私は自分の家族も嫌いでした。

今でこそ落ち着いてきたけど、それなりに複雑な家庭でして。

なんでこんな家族のとこに生まれてきたんだよって思ってた。

そんな家族から生まれた自分のことだって、

好きになれるはずもなく。

 

今でこそ、

私が今の家族のもとに生まれたことも、

群馬の田舎に生まれたことも、

決して順風満帆とはいえない子供時代を過ごしてきたことも、

すべて完璧であったことがわかるのですが、

まあ子供にそんなことわかんないですよね(笑)

ひたすら周りのせいにしてましたねー。

 

私の人生における最初の挫折は、

最初の職場に入ったときでした。

何も考えずに決めた就職に死ぬほど後悔したからなんですけど、

そこから少しずつ自分と向き合って。

心境をノートに書きまくって、自分の本音と向き合ってきた。

 

余談ですが、この時『「働きたくない」というあなたへ』という本に

すっごく助けられてました。

というかきっかけがこの本。

仕事が嫌で仕方なかった私はタイトル買いしたんです(笑)

 

 

なぜ働きたくないのか?

仕事が嫌だというその言葉の奥には、その人の本音が隠れている。

苦しいのは自分がどうしたいのかを自分で考えていないから。

衝撃を受けた私は、

生まれて初めて「自分の本音と向き合う」作業に取りかかったのでした。

 

そこから、少しずつ、自分のことがわかるようになってきて。

何が好きで、何をしていると嬉しいのか。

何が嫌なのか。嫌な気持ちになるのはどうしてなのか。

残りの人生私はどうやって生きていきたいのか?

 

いろいろな想いが出てきた中で、

「やっぱり大学で研究の続きをしたい」に行き着きました。

ただ、この時は気づいていなかったけど、

私は厳密には研究がしたかったわけじゃなくて、

恩師の先生ともう一度一緒に面白いことがしたかっただけだった

それで大学に戻っての今。

そういう意味では、本音でこうしたいと思ったことを

それなりに実践はしてきてるんでした。

3年後には絶対に戻るって決めて、本当に合格しましたからね。

 

 

それで、「自分と向き合う」を根気よく続けていると、

だんだん自分が帰属する存在に対して感謝の念が湧いてくる。

自分と向き合うって、要するに

・今の状況を明らかに見て、

・これからどうしたいのか自分の想いを掴んで

・それを実践していく

ってことですよね。

で、

「これからいかに生きるべきか」ってずーっと考えてたんです。

考えて考えて、

「人の役に立ちたい」が出てきた。

(えらい優等生的な答えですよね!まだ真穂さんに出会う前なので)

 

なんでそう思う?ってなったときに、

今までお世話になった人たちに支えられていることが分かったから。

となった。

当時20代前半でしたけど、「残りの人生を」って想いを馳せた時、

残された時間は永遠ではないことを改めて実感したんです。

死というものがすごく間近に感じられた。

(職場がそういう関係でもあったので余計にリアルだった)

 

いつか私は死ぬ。

それは60年後かもしれない、でも明日かもしれない、

明日死ぬとしたら私は何をしたいだろう。

 

そしてそれは私だけじゃなかった。

両親の方が、まず先にいなくなる。

嫌いだった両親、でも、いつかは別れるんだ。

お父さんもお母さんもいつか死ぬんだ。

そしてそれは、意外なほど遠くない未来なんだということを、

なぜかそのときすごくリアルに実感した。

そして涙が止まらなくなった。

 

いかに自分が愛されてきたかということ。

両親が生きてくれなかったら、

私を生んでくれなかったら、

お金と愛情をかけて育ててくれなかったら、

そもそも私は存在してなかった。

こんな風に色んな想いを感じて色んな感情を味わうこともなかった。

 

まあ、社会人になれば誰しもが通る道なのかもしれません。

私はこのときようやくそれを

傍観者でなく「自分のこと」として捉えたのでした。

 

自分が帰属しているものに対する愛情が生まれたとき、

確実に自分自身に対する見方が変わる。

外側は何も変わってなかったけど、

初めて「自分を素晴らしい存在だ」と思えたんです。

自分に対する認識が変わった初めての体験だったかも。

 

実際はまだまだ「優等生至上主義」に取り憑かれてたので

本当の意味で「自分を大切に」生き始めるのは、

真穂さんに出会ってからなんですけど、

この時からもう兆しはあったんだと思う。

やっぱり答えはいつでも自分の中にしかない。

 

そんなこんなで、

自分に自信が持てなくて家族も社会も大嫌いだった

ひねくれた子供だった私は、

 

家族が好きで、

生まれ育った群馬が大好きで、

豊かな歴史と伝統を持つ我が国・日本が大好きになったとさ。

 

ようやく最初の話に戻った(笑)

でも自分の国が大好きって嬉しくないですか。

今の日本ではそういうこと言いづらいのかもしれないけど、

愛国とかいかめしい言葉にしなくたって、

要するに家族とふるさとがだいすき!ってことです。

 

この土地で生きてきたご先祖様たちがいてくれたから、

その命をつないでくれたから、

私が今ここにいる。

皇室を中心に、2600年以上も絶えず命を繋いできてくれたわけで。

その時代、その時代に生きた人たちが、一生懸命生きて、

命を繋いで、循環させてくれて、

その恩恵を受けて、私が今ここにいる。

 

ちなみに、アメリカ人が国に一番欲しいものって

「王室」なんだそうです。

皇室が当たり前のように存在する日本人には逆に理解しにくいけど、

歴史と伝統って一朝一夕に出来上がるものじゃないからこそ

人類普遍の価値を持つんだと思います。

 

あー日本って素晴らしいですね。

普通は、どんな国に生まれても、我が国は世界一だ!って思うんでしょうけど。

アメリカ人が「王室」コンプレックスを持ってるように、

その国の歴史ならではの弱みとかもあって。

だからこそ、「我が国のこんな素晴らしいところ」を

探し出して、それを教育したり宣伝して、

俺の国すげえだろ!みたいにするんですよね(適当すぎ)

だって原爆投下だって「正義の制裁」と言えば正しいことになるんだもの。

でもこういう徹底した愛国教育はすごいなーと素直に思いますよ。

 

一方日本は、歴史の史実をただそのまま知るだけで、

素晴らしいエピソードがたくさんあって。

その時代ごとに、世界に誇れる偉人がいっぱいいる。

知れば知るほど好きになる要素がたくさんある。

そして、その素晴らしい先人達の血と命が、

国体が一度も途切れなかったおかげで、

間違いなく私たちに受け継がれている。

こんな国ほかにないですよ。

 

私は群馬も日本も大好きですって公言してますが、

やっぱり故郷が好きって素直に言えることの嬉しさ。

それが巡り巡って、

自分が好きという自信にもつながるのですね。

 

自分を大切に生き始めたら、

自分で自分を満たしてあげられるようになり、

それに伴って、周りへの愛も自然とあふれてくる。

 

私が自分を取り戻す過程には、そういう面もあったのでした。

というお話です。

 

お読みいただきありがとうございました^^