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始末に困る人

背伸びしないで、かっこつけないで、素直に生きてみる

今後の進路のことについて。やっぱりわたしは守られていて、大丈夫だった。

こんにちは。

 

少しずつ、視点が穏やかに戻ってきてから、

少しずつ、いろんなことが戻ってきたように感じています。

本来あるべき姿に。

自然だから、無理がないんですね。

とても優しくて穏やかです。

 

ひとつ困ったのは、完全に感覚なので、適当な言葉が見つからないのです。

文章に落とし込めないんですよね。。わたしの語彙力の問題なんですが。。

まあ自分がわかる言葉で書いておけばいいか、と思っています。

 

【あるべき姿に戻ってきた】

 

というのが一番しっくりくるかなあ。

頑張って頑張ってそうなれるように努力する、というのとは全然ちがくて。

放っておくと自然とそうなるよね、という感じ。

抵抗がない。

 

川が自然と上流から下流に流れるように。

【わたし】といういのちの川も放っておけば自然と流れていく、

ただ流されるままに、任せておく。

 

任せたなりにいろんなことが起こってくるので、

それに対する反応も豊かに生じてきて、

嬉しがってみたり悲しがってみたり、

時にはとっても怒ってみたり、苦しんでみたり。

 

そういう自分であることをフラットに見ていく。

ただそのままにしておく。抵抗しない。

足りないからって埋めようとして無駄な力を入れない。

「わたしがなんとかする」をやめてみる。

その勘違いのせいでどれだけの人に迷惑をかけてきたか、もうわかっているから。

 

いつだって、向き合うのは自分。

どんなに近しい人でも、大切な人でも、その先に見たいのはやっぱり自分でした。

真ん中をずらさない。最後に戻ってくるのは、やっぱり自分。わたし。

 

 

前置きが長いなあ。。

ちょっと現実的なことも。

今日、また少し新しい感覚を得たのでその記録を。

 

大学の教授と今後について話したんですね。

わたしは今オーバードクターといって要するに留年してるんですが、

遅くとも来年までには出て行かなくちゃいけないんです。

 

進路をどうするか、とても大きな悩みでした。

自分を大切に、と決めてから全く就活や課題もやる気が起きなくなってしまい、

ちゃんとやらなきゃ、でもやる気が出ない、苦しい。

かと言って大学辞めるほどの覚悟はない、苦しい。

どっちつかずの状態がしばらく続いていました。

 

正直に言いますが、ずっと逃げていたところでした。

情けないことに、見なくちゃいけない、でも怖いといって横目でチラチラ見ながら目をそらしていました。

でも決めなきゃいけないんです。

 

教授に対して、負い目がずっとあった。

わたし教授のことが大好きなんです(変な意味じゃなく)

厳しい人だし喧嘩もするけど、ずっとお世話になっていて、心から尊敬していて本当に大好きで。

だから、こんな状態のわたしになってしまって、思うような成果を報告できないのが苦しくて。

 

嫌われるのがこわかった。

使えない、と判断されて見捨てられてしまうのじゃないか、

「ちゃんと」してないわたしは嫌われてしまうのじゃないか、

そういう恐怖が心の底にあったみたい。思うよりずっと強く。

 

ごまかしていたと思う。

向き合うことから。

教授とも、そういう私の心の本音とも。

進路をどうするか、っていう浅いところじゃなくて・・・わたしのことです。

向き合わなくちゃならない自分のこと。

決めなくちゃならないことだけどずっと逃げてきた。

 

でも、世界って本当に優しくて。

そんなわたしでさえ存在を許されているのだと気づきました。

苦しいのは、結局自分が決めていないから。

自業自得。自分が勝手にそうさせて勝手に苦しんでた。

世界は変わらず優しいのに、わたしが勝手に苦しがっていたみたい。

 

教授には、厳しいことを言われると思ってました。

たぶん「普通に見たら」やめさせられててもおかしくないんです。今のわたし。

出すべき成果をほとんど出してないので。

空き時間を利用して、やっているのは政治活動ですから。。

専門の勉強もほとんど進んでいなくて。卒業できる目処すら立ってなくて。

 

そういう覚悟で、教授室に入って、

でも「だめならやめよう」と今日は思ってました。

今の弱いわたしがここにいることを許されないなら、それも仕方ないかって。

教授を失望させてしまうのは死ぬほど悲しいけれど、仕方ないかと思いました。

 

でも教授は、ずっとわたしのことを心配してくれていたんです。

 

これまでのようにバリバリ成果を出せなくなってしまったわたしを、

責めるでもなく叱るでもなく、

できれば卒業だけはした方がいい、そのために僕もスタッフもみんなでサポートするから、

みんなも心配しているから、どうするのがわたしが辛くないか考えようって。

 

とにかく最近様子が変わったからとても心配していたのだと、

なかなかゆっくり話を聞いてあげることができなくて悪かったと

 

「僕は君を信じているから」

 

みんなでサポートするから一緒にもう少しがんばってみよう、と言ってくれました。

 

今わたし泣きながら書いてます、思い出し泣きです。。

もうありがたくて言葉になりませんでした。

最近、いろいろ感じるとすぐ泣いてしまいます・・・

 

こんなにも助けられていて、与えられていて、許されていたのに。

大好きな先生がいてくれて、助けられていて、見守っていてくれて、

存在を許されていて。

ここにいてもいいのだと。

 

苦しいのはわたしが勝手に逃げていたから。

もう大学の研究はやる気が出ないからやめる、って一回決めていたんです。

もうこんな大変なこと、たくさんだ!って。

わたしはラクに生きるんだ、身を削ってこんなことしたくないんだと。

 

その代わり好きな政治活動をやるんだといってそっちばかりしてたんですね。

確かに、好きなことだし純粋にわくわくするからそれも間違っていない。

やってみて悪いことはない。なんでもありですから。

 

でも、それ本当に本音だったんだろうか。

 

【新しい世界の方が好きだから、これまでは全て捨てる】

 

って勝手に線引きしようとしてなかったか。

 

政治も好きだけど研究も好き、だった。

なかったことにしないでよ!!!!って、すごい内側から声が出てきて。

無視しないで。好きって感じているくせに。

本当はやりたいくせに。

どっちも捨てられないんだ。

 

わたし、政治活動も大好きです。そこにいる人たちも大好きで、

でも大学の研究も好きです。教授とみんなが大好きなんです。

どちらも捨てられないんです。

 

どっちも、わたしは大好きなんだ。そう思いました。

 

だから、今から戻ろうと思います。

「自分を大切に生きるプロジェクト」

9月頃から始めて、大学の研究をなあなあにしてきましたが、

それが自分を大切にすることだと思ってきましたが、

どちらがよいのか答えはまだわかりませんが

ここで一度、戻ります。

 

研究を、もう一度頑張ってみようと思います。

卒業までやり抜きます。

論文を完成させることをすべてにおいて優先しようと思います。

今、そこにエネルギーを賭けたい。

政治活動もやるけど、こっちも捨てない。

どっちも両方取りたい!

 

なんか勘違いしていたみたいで、

がんばってはいけない、というような逆方向への縛りをかけていたのかも。

別に努力したっていいんですよね。なんでもありだ。

 

 

本当に、どうなっても絶対大丈夫なんだ。

こんなに守られているんだ、与えられているんだ、と心底感じた出来事でした。

やっぱりわたしは教授が大好きです。

政治活動も好きだけど、研究も好きなんだ!

 

決めました。わたしがそうしたいのだと。

がんばってみます。