始末に困る人

ちょっと仕切り直してみました

「言いたいことをガマンしていい人と評価される」か、「ただ私はこうである。と怖くても放つ」か。

今日は採用手続きに必要な書類の準備などをしてきて、

一息ついて好きな喫茶店でお茶しています^^♡

 

平日の昼間に出かけるってちょっぴり背徳感というか、

非日常な感じがして、わけもなくドキドキしてます。笑

 

プーになったら毎日が日曜日かあ〜^^☆ってワクワクしてましたが、

最近そのことも見つめてみて、

やっぱり私の性格的に、いきなり

 

ハイッ!これからは毎日が自由ですよ!

好きなように過ごしてみて!

さあどうぞ!!!

 

って言われたら、

やっぱりちょっと戸惑うというか、

ど、どうしよう!?ってなる部分が、あったと思うんですよね。

 

それはもちろんやってみないとわからないけど、

そこはどうしようかな???って不安な部分が、あったと思います。

 

だから「とりあえず」って言い方は不謹慎かもしれないけど、

本気で無職を覚悟していたとはいえ、

行く場所が確保できたことに関してはホッとする部分があったというか、

(お金のこととは関係なく。)

 

まだ私は「完全に毎日を自分の裁量で自由に」っていうのを、

受け取る器ができてなかったのかもなあ、と思います。

 

今のところは、とりあえずゆるゆるにやってみて、

理想としては半年か一年くらい様子を見て、

完全に自分の自由にやってみたい、と肚が決まったら移行できたらいいかな、

途中で気持ちが変わったり何かしたら違う道へ行くし。。。という感じで、

 

なんとなくな「この辺りがいいかな」って理想はありますが、

先のことはわからないし、その時がきたら考えようと思っています^^

 

そしてこんなテキトーな心理なのに置いてもらえることに

改めて感謝の気持ちでいっぱいになったんです。

 

そうすると不思議なんですが、

これまで「めんどくさいなあ」と思っていた作業、

たとえば物品の管理とか資料のまとめとか、

私はそういう細かい事務作業が大嫌いなんですが、^^;

「皆が使いやすいように、こうしておこう」って自然と思っていたりするんです。

 

これまでは100%打算で、笑

こうしておけば「気の利くデキる人」って思われるだろうな!思われたい!って

考えてやっていたそういうことを、自然とできるようになっている。

 

これ、やっていることは表面上まったく同じなんですが、

本当に違いがあるんですよね!

見返りを求めないというか、反応をチラチラ伺わないというか。

もちろん感謝されたら嬉しいですけど!^^

なんか、そういうことが増えてきた気がします☆

やっぱり自分がとても嬉しいです^^

 

 

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さてそれで、

今日は本当に1日のんびりでぼーっとしたり考え事したりしつつ、

私はノートにずっとあることをカキカキしていました。

 

今日は朝から役所などに出かけたりしたのですが、

そこで立て続けにモヤることが発生したためです。

 

要点を言うと、

 

ちょっとトラブル的なことがあり、

私にも言い分や言いたいことがあったのに、

 

相手も忙しそうだし悪いな・・・

騒いでクレーマーだと思われても嫌だし・・・

(相手が男性だったので)刺激して身に危険が及んでも怖いし・・・

 

と考え、

言いたいことを飲み込んでしまいました。

 

そのことでしばらくイラついたりモヤついたり、

相手に対する罵詈雑言を書きなぐったり、^^;

今からでも電話で苦情を言おうかとまで考えたり、

いやでも私も悪かったし・・・などとストップかけそうになる自分を横目に

一通り書き出してみて、

 

先日のノートセッションを思い出し、

真穂さんにもらったレジュメをフムフムと読みながら疑っていって、

(活用させてもらってます〜ありがとうございます♡)

 

あ、ここだな。と見えてきた思いがありました。

それは、

 

私は自分の本音をちゃんと出せないと傷つく。

 

ということでした。

 

私は本当はいろんなことを内に秘めていて、

いちいち大きく感じたり響いたりしてしまう。

私の中には本当にいろんなものが存在していて、

そのことを、

 

「私はこうなんだよ。」

「私はこう思っているよ。」

 

ということを、ちゃんと放ちたいんだ。

 

 

だけど、

なぜサクッとその場で言えなかったのか?と考えた時、

怖かったからとかそういうのもあるんですけど、

 

私は「感じたことを言葉に落とし込むということが苦手」なのかな?と考えて。

 

だから「本当は私はこう思っているんだけど。。」というのを色々感じて考えて、

伝わる言葉で言おうとすると、

もう会話が流れてしまっていたりして

そのままモヤる。。というパターンだなと。

(国語は得意なはずなんですが、たぶんお受験的な国語力とは使うチカラが別なんだと思います。。)

 

ふと、でも、これまでは対面でもフツーに会話してきたし

皆の前で発言することもむしろ得意なはずだけどな???と疑ったのですが、

 

 

それもそのはずで、

 

だって私はそういう時は全然本音なんか出してなかったから。

 

心にもないことや

「こう言っておけば喜ぶでしょ」的なこと、

もしくは「良いこと言わないとつまんないやつだと思われる」

っていう焦りで、

 

テキトーに取り繕って、

テキトーな当たり障りのないこと言って、

 

そうすることで、

 

「〇〇さん(私)は聞き上手だね」

「人当たりがよくて優しい女性だ」

 

っていう評価を

 

「もらえていた」んだ。

 

そのことに気づいて。

 

それが、私にとってメリットだったから、なんですよね。

 

だからいざ「私が本当に感じていること、抜き差しならないその事実」を、

「私は、こうなんです。(以上)」というのができない。

 

ただ「私はこうである。」と伝えることが、

まともにできない。

 

それが今の私なんだ。

 

こういうことが見えてきました。

 

 

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ここで一度整理してみて、

 

ただの本来のわたしは、

 

・内に秘めた情熱や思いを強く持っていて、感じやすい。

・熱い。暑苦しい。熱血、情熱タイプ。

 

だけど、

嫌われたくない、良い人と思われていたい、から

言いたいことをいつもガマンしている。

 

 

ここで、問うてみました。

どっちが好みか?

 

・言いたいことをガマンすることで、万人に「いい人」と評価されたい。

(※いい人=どうでもいい人、だけど。ってノートにツッコミが書いてあった。笑)

 

・言いたいことは(できるだけ)言うと決める。

 

(できるだけ)というのは、

どの場合にどこまで言うのか、なんて当たり前だけど事前には決めておけないから。

 

ただ、これを言ったら身の危険があるかもとか、

逆に相手を傷つけること自体を目的とした嫌味とか、

(恥ずかしいですが私はこういうことが無駄に得意です・・・)

そこまでして言うことか?と思うことまで

あえて「なんでも言う!」ということではない。

 

でも、

 

嫌われたらどうしよう、

いい人って思われたいからこれを言ったら悪いな、

ちゃんとした発言をして、素晴らしい女性だって思われたい、

 

こういう下心を自覚しても、

そこに負けて飲み込まず、

 

「私はこう思っている。」

「私は、こうである。以上!」

 

と放ちたい。

 

やっぱり、後者が私の好みかな、と思いました。

 

というか、だから今日の出来事にこんなにモヤるんじゃないかなと。

 

相手に伝えることでたとえば

謝ってほしいとか、直してほしいとか、

そういう結果を求めているというよりも、

 

ただ自分が言いたいことを飲み込んでしまった、

自分が自分の本音を押し殺してしまった、

ということに対する悲しみ、

 

そして

 

そうやっていちいち感じてしまう自分を、

「大げさだなあ」「大人なんだから抑えて」って

自分で自分を否定していたことへの悲しみ、

 

なんですよね。

 

 

これはただの私の好みですけれど。

言いたいことをガマンすると、ストレスみたいなんです。私は。

だから、後者のほうをとると決めます。

 

 

余談ですが、

同じような感じが過去にもあったなあ、と思い出し、

たとえば

 

・男性に怒鳴られたり、大声で威圧されたりしたとき

・父親が威圧的に怒鳴ってきたとき

・声がうまく出なくて、「は?」と聞き返されたとき

・話そうとしても聞いてもらえず「それより私はね、、」って流されたとき

 

一番の気持ちは、悲しさ。

本当に悲しかったなあと。

悲しさが、怒りや憎しみにまで増長するくらいに。

 

たぶん、これも同じだったんじゃないかな?と思いました。

 

こういう状況になると私は、

恐怖だったり悲しさでいっぱいになって、

文字通り体が固まって口が動かなくなってしまったんです。

 

その時に感じたいろんなことを、

 

本当は私だってこういうふうに考えたりしていたんだよ。

私は、こういうことを感じたんだよ。

こういうふうに思っているよ。

 

ということを、

放てず、相手に伝えることができなかった。

 

その悲しさ。

 

自分が言いたいことを放つことができなかった、

自分が自分の本音を押し殺してしまった、

という悲しさ、

 

小さなことでも傷ついてしまう自分、

感じてしまう自分を、

消そうとしていた苦しさ、 

 

そういう辛さが、あったんじゃないかと。

 

そんなことを思いました。

 

 

決めることで言い訳ももうできなくなるけど、

そのリスクも引き受けてみようと思います。

 

 

そろそろ時間なので今日はここまで!

 

お読みいただきありがとうございました☆

 

 

 

 

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