始末に困る人

ただの名無しの独り言です

ただのオンナに戻れなかった私の話(3)【「あなたを本当に思ってくれる人」を、間違えないでください。】

一連の記事の続きになります。

  

gungungunmachan.hatenablog.com

 

 

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私がセミナービジネスのカモになっていった原因を考察しています。

 

これには前提として私がもともと依存体質の傾向があり、さらに様々なコンプレックスをこじらせたプライドだけは高い高慢な性格だったゆえに引き起こした惨事であることはお断りしておきます。

 

しかしこのようなリスクは誰にでもあるのではないかと思っています。

いわゆるセミナー業で生計を立てている先生方に出会い、彼らのセミナーによる恩恵を受け取って変化してゆかれた生徒さんも見てきました。

しかし、それ以上に私を含めどう考えても受けない方がお金も時間も労力も失わずに済んだのでは?と思える悲惨な結末を迎えた方もいました。そして彼らのほとんどは一見常識をわきまえた「普通の人」だったからです。

 

 

さて最大の原因は私が知り合ったばかりの他人を盲信して教祖化し、依存してしまったことにあるとお話しました。

 

結論から言ってしまうとこの「人に答えを教えてもらおうとする姿勢」がもう赤信号です。

 

『「自分の人生の決め方」を他人に教えてもらう』っておかしいと思いませんか?

 

でも悲しいかなそこに気づける人は他人のいうことを盲信なんかしないのですよね。

 

賢い人は、言われたことを鵜呑みにはせず自分にとって有用と思える箇所のみを取り入れることができます。そして世界に一つ、自分だけの「成功の教科書」を試行錯誤しながら作っていきます。

というと難しく聞こえますが要するに「おかしいものをおかしいと感じる自分の感覚も、他人の意見も、同等に採用できる」ということです。

 

よくわからない初見のセミナーに縋ってお金を払って参加してしまうほど追い詰められている人というのは、この「自分の感覚を採用する」ことができない状態になっていることが多い。

 

自分の感覚 ー 他人の意見

 

通常このバランスで成り立っているものが

 

自分の感覚 <<< 他人の意見

 

になっているのです。

本来はこの両者を踏まえ、自分ならどうするかを考えていくものなのですがね。

 

私もそうだったのでわかるのですが「指針」が欲しいんですよ。

どこに向かって進めばいいのか他人に示してもらいたいのです。

答えがわからないのが不安なんです。だから自信満々に「正しい生き方は、こうだ!!!」と放つ人に出会うと圧倒されて呑み込まれてしまう。

 

そして僅かに残る「ん?おかしいな?」という感覚でさえ、「今までの価値観を壊さなければ、新しい世界は見えないのです」と潰されてしまいます。潰されてしまうというか、自ら見ないようにします。

私も、何度も「おかしいな、変だな」と思いました。でもその声を採用しなかった。理由は色々ありますが結局は「センセイのいう通りにしていれば、うまくいくはずなんだ」と思考停止していたからでしょうね。

 

そしてその姿勢が人生うまくいかない原因なんですよ。皮肉なことにね。

 

 

一つ事例を挙げます。

 

私が教えを受けていたコンサルタント(仮)の女性は、オンラインサロンのようなコミュニティも運営されていました。

そこにある日、次のような投稿がなされたことがあります。

 

「このコミュニティに参加希望というある女性から、このような経緯で申し込みがありました。でもメールの対応が不誠実だったので私からお断りしました」

「この女性の生き方はとても残念な例です。みなさんも気をつけてくださいね!」

 

この「対応が不誠実」の内容についても詳しく書かれており、実際のやり取りの文面もコピペでそのまま掲載されていました。(相手の方に掲載許可を取ったのかどうかは明記されていませんでした)

 

それによると、どうも相手の方が「このコミュニティは金額に見合った価値を受け取れるのか?」と質問したらしいのです。

 

もっともな疑問だと思います。

それに対し、コンサルタント(仮)の女性の回答。

 

「金額に見合うかどうか?などという打算がおありのようですが、そのような、メリットがあるか?価値があるか?取引できないか?という、浅ましい考えで生きているから、生きづらいし、幸せになれないんですよ!そんな方は私のサービスを受けても何も変わらないのでお断りします」

(要約)

 

この後にも申込者からの返信メールがまたコピペされており、そこにはこうありました。

 

「ネット上の見知らぬ他人のサービスを受けるにあたり、その内容や金額を見定めたいと思うのはそんなにおかしなことでしょうか?」

「そういうことでしたら今回は残念ですが、諦めます。」

 

これについても「返信が遅かったのにこのメールは速攻できた」とかごちゃごちゃ書いてありましたが・・・要するに気に入らなかったんでしょう。

コンサルタント(仮)の方の、哲学や美学に反していたので我慢ならなかったということかと思います。

 

 

この件について、どちらが正しいとか言うつもりはありません。

申込者には他にも失礼な文面があったのかもしれませんし、それはわかりません。

 

でも、このコンサルタント(仮)の方には、このケース以外にも「他のお客さんのダメだった事例を他の人に開示し、反面教師として利用する」傾向がありました。

私も、完全に心が離れたきっかけはこれをやられたから。許可なく私の個人情報や家族のことをブログに書かれ、深く傷つくと同時に目が覚めるきっかけになりました。

 

そのような手法の是非についてここでは議論しませんが、少なくとも私はそういう手法は好きではありません。

 

本人が自分のことを振り返って開示するならいいですし、そのような情報は貴重な体験談として聞いてみたいと私も思います。

でも「あの人はこんな失敗をした。こういうところがダメだったんだ。みんなも気をつけよう」って本人じゃない人が言うのを聞くと生理的嫌悪感を覚えるんですよ。お前は何様だ?と。

 

だから、私はコンサルタント(仮)の人がそういう手法を繰り出した時に、「私はそういうのは好きじゃないなあ」と感じるはずだったのです。

 

「そういうやり方は、おかしいのでは?」「なんか嫌だな」と。

 

でも当時の私は、彼女にどっぷり依存していました。

「コンサル先生様」のおっしゃることは絶対、でした。

なので、コミュニティに上記の投稿がなされた時、腰巾着のように「ひどい人ですね!」「私も気をつけます!」という反応をしてしまったんです。

 

ここで謝っても仕方ないけど、当時の申し込みした彼女。ごめんなさい。あなたは悪くないです。

 

 

このように、当時の私はまさに 

 

自分の感覚 <<< 他人の意見

 

この状態だったんですよね。

 

こうなっていたらちょっとヤバいと思った方がいいです。

別に「俺様の感覚が絶対だぜヒャッハー!!!」状態になれと言ってるわけではなくて、この両者がバランスをとっているのが健全な状態だと思うんです。

 

「私はこう思う」と自分の意見を持つ。

一方で、

「あなたはこう思うんだね」と他者の意見も尊重する。

 

言葉で書くと簡単なのに、本当に難しい。

 

でも私もたくさん失敗したし、お金も時間も無駄にしたり遠回りをしてしまいましたが、この結論を自分なりに導き出せたのが一番の収穫だったかなと思っています。

理屈では皆わかってると思うんですけど、自分ごととして経験しないとわからないものですよね。。

 

 

「ただのオンナに戻れなかった」私は、こうして細々と当時を振り返るくらいしかできませんが、それでいいのだと思います。

 

ひとかどの人物にも、成功者にも、月収〇〇万円超えのキラキラ起業家にも、

私はなれませんでしたが、今の自分はわりと好きです。

 

このブログでも何度も「今の自分を好きと思える」とか薄っぺらいポエムを書いてきましたが、今の気持ちは本当にそうなんです。

好き!と言い切れるかは自信がないのですけど、そういう自分としてやっていくしかないし、それでしかないのだな、と。

 

自分で決めていくしかないんだな、と今は思います。

 

「自分の人生を自分で決める」という、ただのオンナことMさんのモットーに、最後重なったのは皮肉なものですが。

 

でも色々書いておいて何ですが、私が自分の人生を生きていくと決めた時、彼女もまた一人の同志として、「コンサル先生様」ではなく対等な一人の女性として、初めて捉えることができたように思います。

 

 

 

最後に余談ですが・・・

 

私が完全には道を踏み外さなかったのは、周囲に私を思ってくれる味方がいたからです。それは家族であり、友人知人であり、恩師であり、職場の信頼できる同僚達でした。

 

でも、私はちょっと怪しいネットビジネスを展開するセミナー講師やコンサルタントのことも、「信頼できる」と判断し、意思決定を委ねてしまっていました。

 

人間関係を機械的に線引きするのは難しいと思いますが、その基準について思うところがあるので記しておきます。

 

大事な相談を、誰にするべきか?誰の意見を聞くべきか?迷ったら、

 

「この人は、もし私が無一文で放り出された時、手を差し伸べてくれるだろうか?」

 

と考えてみてください。 

 

私を思ってくれる味方として真っ先に顔が浮かぶ人たちは、

「もし私が仕事を無くし、財産を無くし、身一つで放り出されたとしても、手を差し伸べてくれる人であるし、私もその人のピンチには喜んで一肌脱ぐであろう」

と思える人です。

 

ちなみに「手を差し伸べる」とは「カネを出せる、もしくは時間や労力を割いてくれる」ということです。口先だけなら何とでも言えますから。

 

セミナー講師、コンサルタント、カウンセラー、

今はあらゆるサービスの提供者がネットに溢れていますし、対価を支払って享受するのもいいでしょう。

 

でも人生の大事なことは、自分の頭で考え実践していくしかないのだし、迷った時や弱った時、救いを求めるべきはそのような人々ではありません。

 

私は手遅れになる前に気づけましたが、時間をかけて築く人との信頼関係こそ幸せな人生の土台となるものだからです。

 

どうか「あなたを本当に思ってくれる人」を、間違えないでください。